交響曲第76番 (ハイドン)

交響曲第76番 変ホ長調 Hob. I:76

フランツ・ヨーゼフ・ハイドンが1782年に作曲した交響曲の一つが、この変ホ長調の第76番 Hob. I:76です。全4楽章で構成され、その演奏時間は約20分ほど。この作品は、ハイドンのキャリアにおける重要な時期に生み出されました。

作曲の背景と経緯

この交響曲が誕生した1782年頃、作曲家フランツ・ヨーゼフ・ハイドンはすでにヨーロッパ各地でその名声をとどろかせており、特にイギリスにおいては非常に高い評価を得ていました。そのため、ハイドンをロンドンへ招き、演奏会を開催しようという計画が早くから持ち上がっていました。実際に、ハイドン自身もこの渡航を実現させるべく準備を進めており、1782年にはロンドンでの演奏旅行を念頭に置いて、本作（第76番）を含む3曲の新しい交響曲（第77番、第78番）を作曲しました。

しかし、当時ハイドンが長年宮廷楽長として仕えていたエステルハージ侯ニコラウス・ヨーゼフが、ハイドンのイギリス訪問に難色を示したため、残念ながらこの時のロンドン行きは実現しませんでした。こうした経緯から、第76番から第78番までのこれら3曲は、まとめて『イギリス交響曲』と呼ばれることがあります。ただし、後にハイドンが実際にロンドンを訪れて作曲し、世界的な名声を得ることになる全12曲からなる有名な『ロンドン交響曲』群と比較すると、これらの作品はより規模が控えめな室内楽的な趣も持っています。

ロンドンへの演奏旅行が叶わなかった後、ハイドンはこれらの新作交響曲を世に広めるため、楽譜の出版を模索しました。1783年にはパリの楽譜出版者シャルル＝ジョルジュ・ボワイエにこの3曲を売却し、さらに翌1784年にはロンドンのフォースター社にも楽譜を売りました。

この交響曲は、作曲された当時から聴衆の間で非常に高い人気を誇り、批評家からも好意的な評価を多数集めました。その魅力は後世にも引き継がれ、例えばイギリスの作曲家ロバート・シンプソンは、1976年に発表した自身の『交響曲第4番 変ホ長調』の中で、このハイドンの第76番からインスピレーションを得て、その主題を引用しています。

楽章構成

この交響曲は、ハイドンの典型的な4楽章構成をとっています。

1. 第1楽章：アレグロ
変ホ長調、4分の3拍子で書かれており、ソナタ形式が用いられています。快活でリズミカルな主題によって幕を開け、聴く者をすぐにこの曲の世界へと引き込みます。

2. 第2楽章：アダージョ、マ・ノン・トロッポ
変ロ長調、4分の2拍子。この楽章は、ロンド形式のような構造を持つ変奏曲風の音楽です。弦楽器のみによって奏でられる、指示に「cantabile」（歌うように）と記された穏やかで美しい旋律が中心となります。この主要主題は3回繰り返され、それぞれ異なる変奏が加えられます。特に最後の変奏では管楽器も加わり、華やかなカデンツァ風の部分も見られます。これらの主要主題の間に、対照的な2つの短調の楽想が挟み込まれます。最初の短調部分は管楽器を主体とした静かで内省的な音楽、そして2つ目の短調部分は全楽器による非常に激しい、ドラマティックな表現が特徴です。この緩急の対比が、楽章に深みを与えています。

3. 第3楽章：メヌエット：アレグレット - トリオ
変ホ長調、4分の3拍子。古典派交響曲における典型的なメヌエット楽章です。アレグレットの指示通り、軽快で優雅なメヌエット本体と、それに対比するトリオ部分から構成されます。

4. 第4楽章：フィナーレ：アレグロ、マ・ノン・トロッポ
変ホ長調、2分の2拍子（アラ・ブレーヴェ）、ソナタ形式。終楽章は再び快活なアレグロで締めくくられます。ソナタ形式によって構成され、軽快な主題が展開されます。速すぎず、しかし生き生きとしたテンポ（マ・ノン・トロッポ）で、全曲を華やかに、かつ安定感をもって終結させます。

まとめ

ハイドンによる交響曲第76番は、ロンドン訪問という目的は果たせなかったものの、作曲当時の高い人気や、後の作曲家への影響力など、その音楽的価値は揺るぎないものです。特に第2楽章にみられる独創的な構造や、全体の均整の取れた響きは、ハイドンの成熟期のスタイルをよく示しており、現代でも多くの聴衆を魅了し続けています。

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