今井達夫

今井 達夫は、1904年3月3日に横浜市中区野毛に生を受けた日本の小説家です。本名である今井達夫をそのまま筆名として用い、1978年5月6日に74歳でその生涯を閉じました。父は横浜で生糸商を営む今井秀松、母きみは外交官として知られる安達峰一郎の妹にあたります。

幼少期から神奈川県藤沢市鵠沼海岸と深い縁がありました。毎夏を鵠沼で過ごすうち、1912年には父の病気療養のため、一家は鵠沼海岸に転居。地元の尋常小学校（現在の藤沢市立鵠沼小学校）に転入しました。この年、父を亡くしています。1916年に同校を卒業後、同年創立された私立藤嶺中学校（現・藤嶺学園藤沢中学校・高等学校）に第一期生として入学しました。

1920年、藤沢中学校（改称後）を四年で修了し、慶應義塾大学予科に進学します。大学在学中は、渋谷の祖母宅に下宿しながら、同人雑誌「橡」で戯曲を発表するなど文芸活動を開始。次第に辻潤といった面々のダダイスム運動に接近していきます。1922年には初の詩集『心の風景』を大雲堂より刊行しました。

翌1923年、関東大震災が発生。東京で被災した今井は、三日間かけて鵠沼の自宅へとたどり着きました。しかし、家は倒壊しており、しばらくは鵠沼で震災後の復旧作業にボランティアとして従事します。その後は鶴見の親戚の別荘、大森馬込へと移り住み、南馬込に居を構えました。この地で馬込文士村の一員となり、様々な分野の著名人たちと交流を深めます。この時期の交流をまとめた『馬込文学村』という著作を完成させていましたが、同時期に榊山潤の同名書籍が出版されることになり、校了まで進みながらも刊行が見送られ、幻の書となりました。

1926年に慶應義塾大学を中退し、本格的に文筆の道に進みます。博文館、次いで時事新報社で勤務。1936年からは小説「青い鳥を探す法」を文芸誌「三田文学」に五ヶ月にわたり連載します。1939年には福島出身の医師の娘であるクニと結婚。翌1940年には連載小説をまとめた『青い鳥を探す法』を学藝社から刊行し、これが第二回三田文学賞を受賞する代表作となりました。

太平洋戦争中の1942年、再び藤沢市鵠沼海岸の「新風荘」に移り住みますが、1945年には同荘が軍需工場の寮となるため、妻の実家がある福島市へ疎開。終戦を迎えた福島では、地元の文芸家協会設立に尽力し、県内各地で文化講演会を開催するなど、地域文化の振興に貢献しました。

戦後、1946年に大森の妹宅に一時滞在した後、翌年には鵠沼海岸に戻り、産婦人科の二階や安岡章太郎の父宅の離れなどを転々とします。そして1951年、長年縁の深かった鵠沼の地（鵠沼松が岡）に念願の自邸を構えました。鵠沼に定住してからは、地元に暮らす作家、画家、俳優、ジャーナリストといった文化人たちとの交流の場として「すわん會」を結成し、二十年以上にわたってその活動を主宰。鵠沼を訪れた多くの文人たちとの交流の記録は、「鵠沼にゐた文人」「鵠沼物語序説」といった作品に結実しています。

生涯にわたり旺盛な創作活動を続け、小説、詩、評論、伝記など多岐にわたる作品を発表しました。代表作『青い鳥を探す法』のほか、『七つの愛情』『愛情の地図』『蒼穹の鷹　呂宋助左衛門』といった小説や、『水上瀧太郎』のような評伝も手掛けています。また、初期には戯曲や詩を発表し、後年には探偵小説やロマン小説など、様々なジャンルで筆を振るいました。雑誌への寄稿も多く、「文藝通信」「三田文学」「新青年」「宝石」「文芸広場」など、多様な媒体で作品を発表しています。さらに、映画の原作も担当しており、『荒れ狂ふ剣戟王』『明日天気になあれ』などが映像化されました。

1978年5月6日、住み慣れた鵠沼の地で逝去。74歳でした。墓所は神奈川県藤沢市にある時宗の遊行寺塔頭、眞徳寺にあります。眞徳寺の前住職は今井が名付け親であり、先々代は藤嶺中学時代の親友でした。今井には『遺言書』という未発表作品があり、その中には墓地に対する思いが記されていると伝えられています。生涯の多くの時期を過ごし、また創作や交流の拠点となった鵠沼は、今井達夫という作家にとって故郷とも呼べる特別な場所でした。

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