伊佐郡 (常陸国)

伊佐郡（いさのこおり・いさぐん）

概要

常陸国（現在の茨城県）に存在した古代の郡の一つに、伊佐郡がありました。この郡は、常陸国の西部に位置し、下野国や下総国といった隣国との境界に近い地域を管轄していました。伊佐郡の成立は、もともと広大な領域を持っていた新治郡が、時代の流れとともに細分化されていった結果です。ただし、ここで語られる古代の新治郡は、平成時代まで茨城県に存在した新治郡とは、名称は同じであるものの、その地理的な範囲が異なっていた別の存在です。

成立の経緯

伊佐郡がどのようにして生まれたかを知るには、常陸国における古代の郡制の変遷を理解する必要があります。7世紀末から8世紀初頭にかけて、律令制のもとで国の統治機構の一部として郡や郷が整備されました。しかし、中央集権体制としての律令制が揺らぎ始めると、現地の有力者である豪族などが力を持ち、自分たちの支配領域に合わせて土地の細分化や行政区画の再編成を進めました。この影響は新治郡にも及びました。

まず、新治郡の一部から、伊勢神宮に寄進された土地である小栗御厨が分かれて成立しました。これに続いて、残された新治郡の領域が、便宜的に東郡、中郡、そして西郡の三つの地域に区分されました。さらにこの西郡が、北側の地域である北条と南側の地域である南条に二分されることになります。この過程で、西郡の北条にあたる地域が伊佐郡として独立した郡となり、一方、南条にあたる地域は関郡として成立しました。このように、伊佐郡は、古代の新治郡が複数の段階を経て分割・再編された結果、その形を整えたのです。

伊佐氏との関連と伊達氏の源流

伊佐郡は、この地を名字の地とする武士の一族、伊佐氏の本拠地でした。伊佐氏は、特に中世において歴史的に重要な役割を果たします。1189年、源頼朝が東北地方の藤原氏を滅ぼすために起こした奥州合戦において、伊佐氏の一族が目覚ましい戦功を挙げました。常陸入道念西の長男である伊佐為宗（常陸冠者為宗とも称される）は、敵方の大将の一人であった信夫佐藤庄司（佐藤基治）を討ち取るという大きな手柄を立てました。この功績を認められ、為宗は幕府から奥州の伊達郡を拝領しました。為宗自身は、引き続き本拠地である伊佐郡に留まりましたが、父の念西やその一族の一部が奥州伊達郡へ移住しました。この奥州へ移った伊佐氏の一族こそが、後の戦国時代から江戸時代にかけて東北地方に強大な勢力を築くことになる仙台藩伊達氏の始祖となったのです。

南北朝時代の活動と没落

伊佐氏のその後の活動については、鎌倉幕府の公式記録である『吾妻鏡』においては、1240年（仁治元年）に伊佐右衛門慰が登場する記述以降、詳しい動向が確認できなくなります。しかし、南北朝時代に入り、日本の各地で南北朝間の争いが激化し、常陸国もその戦乱の舞台となると、伊佐氏は再び歴史の表舞台に姿を現します。彼らは、自らが築いた拠点である伊佐城に立てこもり、同族にあたる伊達行宗（あるいは伊達行朝）ら伊達氏の一族と共に、後醍醐天皇を擁する南朝方として、足利氏を擁する北朝方と激しい攻防を繰り広げました。伊佐城は、その立地から堅固な城であったと考えられますが、南北朝の争乱の中で激しい攻撃に晒され、1343年（興国4年/康永2年）についに落城しました。この伊佐城の落城をもって、伊佐氏はその勢力を完全に失い、没落しました。また、南朝方として伊佐氏と行動を共にした伊達氏も、この戦いを通じて常陸国における重要な足がかりを失うこととなりました。

このように、伊佐郡は単なる古代の行政区分ではなく、伊佐氏という武士団の興隆と没落、そして後の伊達氏という大名家の歴史的な始まりの地として、日本の歴史において特筆すべき存在と言えるでしょう。

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