伊原宇三郎

伊原宇三郎：古典とモダニズムの狭間を歩んだ巨匠

伊原宇三郎（1894年 - 1976年）は、日本の洋画界にその名を刻んだ重要な美術家の一人です。徳島県に生まれ、東京美術学校で研鑽を積んだ彼は、古典主義的な写実性とモダニズムの奔放さを巧みに融合させた独自の画風を確立しました。重量感のある裸婦像や肖像画は、彼の芸術的才能を雄弁に物語っています。

若き日の才能と欧州での経験

大阪の今宮中学校時代には折口信夫から影響を受け、東京美術学校では藤島武二に師事しました。在学中から光風会や太平洋会などの展覧会に出品し、才能を認められていました。卒業制作の『よろこびの曲』は文部省に買い上げられるなど、早くからその実力が評価されました。

1925年には農商務省の海外実習生としてフランスに渡ります。ピカソをはじめとする同時代の革新的な画家たちと交流を深めつつ、ルーブル美術館で古典絵画の模写に没頭しました。ドミニク・アングルの作品からの影響は顕著で、彼のモニュメンタルな画風を確立する上で大きな役割を果たしました。サロン・ドートンヌへの入選も果たし、国際的な評価を得ました。

帰国後の活躍と戦争画

経済的な理由で1929年に帰国後、帝展で特選を受賞するなど活躍を続け、東京美術学校講師も務めました。帝展審査員や陸軍美術協会への参加を経て、太平洋戦争中には陸軍嘱託画家として従軍。台湾、香港、ビルマなど各地で戦争記録画を描きました。これらの作品は戦後、GHQによって没収されたものの、後に返還され、現在では東京国立近代美術館に収蔵されています。

戦後の活動と晩年

戦後は日展審査員を務め、日本美術家連盟委員長として作家たちの権利擁護にも尽力しました。文芸美術国民健康保険組合の設立や、国立西洋美術館設置準備委員会委員としての活動など、美術界の発展に大きく貢献しました。1956年にはヴェネツィア・ビエンナーレの日本代表として渡欧、1960年にはフランス政府より芸術文化勲章オフィシェ章を受章するなど、国際的な評価も確固たるものとなりました。晩年は体調を崩しながらも制作を続け、日本美術家連盟名誉会員に推挙されました。1976年、糖尿病と肺炎のため逝去。

代表作

伊原宇三郎の作品は、古典的な美意識と近代的な感覚が絶妙に調和した、独特の魅力を放っています。代表作としては、以下のような作品が挙げられます。

『よろこびの曲』（1920年）
『横臥裸婦』（1928年）
『赤いソーファの裸婦（白衣を纏う）』（1928年）
『椅子に寄れる』（1929年）
『二人』（1930年）
『バーモウ・ビルマ国家代表像』（1943年）
『香港に於ける酒井司令官、ヤング総督の会見』（1943-44年）
『島田戦車部隊スリムの敵陣突破』（1944年）

まとめ

伊原宇三郎は、古典主義とモダニズム、そして東西の文化を融合させた、独自の芸術世界を築き上げた画家でした。彼の作品は、日本の近代美術史において重要な位置を占め、後世の作家たちに多大な影響を与え続けています。その生涯は、芸術家としての揺るぎない信念と、美術界への貢献に彩られた、波瀾に満ちたものでした。彼の作品を通して、日本の近代美術の豊かな表現力に触れることができるでしょう。

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