伊藤初代

伊藤初代：川端康成の永遠のミューズ

伊藤初代（1906年9月16日 - 1951年2月27日）は、小説家・川端康成の元婚約者として知られています。15歳で川端と婚約するも、わずか1ヶ月後に婚約を破棄されたこの出来事は、川端の生涯に大きな転機をもたらし、彼の文学作品に深い影響を与えました。この記事では、伊藤初代の生涯と、彼女が川端文学に与えた影響について詳しく解説します。

生い立ち

1906年、伊藤初代は福島県若松市（現在の会津若松市）で、父・伊藤忠吉と母・大塚サイの長女として生まれました。当時、両親は結婚しておらず、初代は母方の祖父の戸籍に私生子として登録されました。初代の誕生後、両親は正式に結婚し、初代は嫡出子となりました。一家は若松第四尋常小学校の用務員として住み込みで働き、初代の妹マキも同所で誕生しました。

母親の死と子守奉公

1915年、母・サイが肺炎で亡くなると、父・忠吉は妹マキを連れて郷里の岩手県へ戻りました。当時8歳だった初代は、叔母に預けられ子守奉公をしながら小学校に通いました。成績優秀で学校長から表彰されるほどでしたが、家計を支えるために4年生で小学校を中退し、東京へ上京して子守奉公に出されました。その後、祖父一家は北海道へ移住しました。

カフェ・エランでの女給時代

東京では様々な家で子守奉公をしていた初代は、元吉原の娼妓であった山田ますと知り合い、ますが経営するカフェ・エランで女給として働くことになりました。カフェ・エランは文化人たちが集う場所であり、谷崎潤一郎や佐藤春夫も訪れていたと言われています。当時、初代は親切なマダムであるますを慕い、「おばさん」と呼んでいました。カフェでは、ますの秘蔵っ子として可愛がられ、愛らしい姿で客をもてなしていました。

川端康成との出会い

1919年秋頃、第一高等学校に通う川端康成らがカフェ・エランに訪れるようになります。当時20歳だった川端は、13歳の初代の愛らしさに惹かれました。カフェに通ううちに、川端は初代に特別な感情を抱くようになり、日記にもその気持ちを綴っています。川端は、以前に白木屋の女給にも「ちよ」という愛称で呼ばれていた少女に恋心を抱いており、またしても「ちよ」と呼ばれる少女に出会ったことに奇縁を感じていました。

川端との婚約と破談

1921年、川端は初代に結婚を申し込み、二人は婚約します。しかし、初代が預けられていた寺の住職夫婦は二人の交際を快く思わず、初代に圧力をかけました。川端は、初代の父・伊藤忠吉から承諾を得るために岩手県へ向かいますが、その後、初代から一方的に婚約破棄の手紙が届きます。川端は衝撃を受け、心に深い傷を負いました。

婚約破棄の真相

婚約破棄の理由は長らく謎とされていましたが、後に初代が預けられていた寺の住職に強姦されたことが判明しました。この出来事が初代を深く傷つけ、婚約破棄に至ったと考えられています。この事実が明らかになったことで、川端文学における「少女」のイメージに対する理解が深まりました。

川端文学への影響

初代との婚約と破談の経験は、川端の文学に大きな影響を与えました。川端は、初代との出来事を直接題材にした作品群を執筆し、自らの青春の傷を描き出しました。これらの作品は当初は発表されませんでしたが、後に川端全集に収録され、多くの研究者によって分析されました。また、『伊豆の踊子』などの名作にも、初代の面影が投影されていると指摘されています。

その後の初代

婚約破棄後、初代は再び東京へ出てカフェで働きました。その後、カフェ・アメリカの支配人である中林忠蔵と結婚し、一女をもうけましたが、中林は病死しました。その後、桜井五郎と再婚し、四男三女をもうけました。初代は晩年まで苦労が絶えず、44歳の若さで亡くなりました。

川端康成との再会

1932年、初代は川端康成を訪ねて再会を果たします。しかし、その時の初代は、昔の面影を失っており、川端は大きなショックを受けました。この再会は、川端の作品に新たなモチーフを与えることになります。

まとめ

伊藤初代は、川端康成の文学に大きな影響を与えた女性です。彼女との出会いと別れは、川端の作品に「永遠の少女」への憧憬を刻み込みました。初代の生涯は波乱に満ちていましたが、彼女の存在は川端文学を理解する上で欠かせない要素となっています。川端の作品を通じて、伊藤初代は永遠のミューズとして語り継がれていくでしょう。

川端康成が伊藤初代を題材にした主な作品

南方の火（1923年）
篝火（1924年）
非常（1924年）
霰（1927年）
彼女の盛装（1926年）

参考文献

『川端康成全集』新潮社
『川端康成と伊藤初代 初恋の真実を追って』水原園博著
『川端康成の運命のひと 伊藤初代 「非常」事件の真相』森本穫著

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