伊藤宝城

伊藤宝城：医師であり、芸術家であった異才

伊藤宝城（いとうほうじょう、本名：伊藤博、1909年6月28日-1961年12月27日）は、鳥取県倉吉市出身の医師、詩人、版画家、そして彫刻家として知られる、多才な人物です。俳号は鉄庵、別名ジョージ・ウーランと名乗り、戦後日本の抽象彫刻を牽引した先駆者の一人として、その名を歴史に刻んでいます。弟には洋画家の伊藤彰、染色家の吉田たすくがおり、芸術一家として知られています。

揺るぎない医師としてのキャリアと芸術への情熱

1909年、大連で生まれ、幼少期から芸術に囲まれた環境で育ちました。岩手医科大学卒業後、京都府立医科大学付属病院外科教室を経て、岐阜県、大阪市で外科医として勤務。その後、台湾で軍医として従事した後、故郷倉吉市に戻り開業。地元の小学校と中学校の校医も務め、多忙な日々を送る中、俳句や詩作にも勤しみ、俳号「鉄庵」を名乗りました。さらに版画や彫刻にも取り組み、独学で研鑽を積んでいきました。

戦後の抽象彫刻：平和への願いを込めて

戦後、伊藤宝城は白セメントを用いた彫刻制作を開始。当時、日本においてまだ発展途上だった抽象彫刻の世界に足を踏み入れ、反戦、反原爆、平和といったテーマを作品に込めます。幾何学的な造形の中に、深い精神性を感じさせる独特な表現は高く評価され、数十体の作品を生み出しました。代表作である「姫百合の女神像」は、沖縄戦で犠牲となったひめゆり学徒隊を悼み、1950年に制作されたものです。1952年に沖縄県糸満市に建立され、慰霊碑として多くの人の心を慰めてきました。その後、名称が変更され「女神の像」として現在も存在しています。

芸術家としての交流と活動

伊藤宝城の自宅は、多くの文化人が集うサロンのような場所でした。棟方志功、吉田璋也、浜田庄司、柳宗悦、河井寛次郎といった著名な芸術家や文化人が訪れ、交流を深めました。民藝運動にも関わり、倉吉文芸協会を設立し、雑誌『ごろくと』を発行するなど、地元の文化活動にも積極的に貢献しました。また、二科展にも出品し、「ヘルシンキオリンピック競泳」「不条理の休戦」などで入選、特待賞を受賞するなど、高い評価を得ました。

芸術一家としての系譜

伊藤家は代々医師の家系であり、伊藤宝城の祖父である伊藤健蔵は鳥取藩の勤皇医師として活躍し、西洋医学の導入に貢献しました。さらに、伊藤健蔵は、後に日本の外科医術の発展に大きく貢献する伊藤隼三を支援し、彼の活躍を支えました。伊藤隼三は「伊藤病院（後の鳥取県立中央病院）」を創立し、地域医療に貢献しました。伊藤宝城の父である伊藤琢郎も医師であり、このような家系の影響を受け、宝城は医学と芸術の両分野で才能を開花させました。

自然への愛着と地元への貢献

伊藤宝城は自然を愛し、登山家としても知られていました。自宅から見える山々の稜線をすべて踏破するという目標を掲げ、その記録は弟たちに受け継がれています。また、鳥取県立中央病院の玄関ホールには、伊藤宝城が制作した「鬼手天心」像が建立されており、地元への貢献も顕著です。

晩年とその後

晩年は病に倒れましたが、1961年12月27日、心筋梗塞のため52歳で生涯を閉じました。没後も、彼の芸術と人柄を慕う人々によって「宝城をしのぶ会」が開催され、伊藤宝城の精神は、倉吉の文化に深く根付いています。彼の作品は、現在も倉吉博物館などで鑑賞することができます。伊藤宝城は、医師としての使命感と芸術家としての情熱を両立させた、稀有な存在であったと言えるでしょう。彼の作品は、戦争の悲惨さや平和への願いを静かに訴えかけ、見る者の心に深く刻まれます。

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