伊藤隼三

伊藤隼三の生涯

伊藤隼三（いとう はやぞう）は、1864年（元治元年）に鳥取藩士の三男として生まれました。幼少期から聡明で、伊藤健蔵に見出され、その支援を受けて東京大学予備門へ進学するほどの秀才でした。16歳で伊藤家の養子となり、姓を改めました。東京大学医学部卒業後は、母校の助手を務め、医学研究者としてのキャリアをスタートさせました。その後、婚約者の死別を経て、その妹と結婚し、二人の息子を授かりました。次男は後に実家の小林家を継ぐことになります。

養父となった伊藤健蔵は、幕末の鳥取藩で藩医を務め、オランダ医学やイギリス医学を修めた人物です。勤王の志が篤く、戊辰戦争では藩主と共に従軍し、鳥取藩およびその後の鳥取県の医療を牽引しました。その功績により、贈正五位を受勲しています。

東京大学医学生時代

東京大学予備門では、後に京都帝国大学医学部の教授となる平井毓太郎と親交を深めました。学生時代は優秀でありながらも豪放磊落な一面も持ち合わせていました。講義ノートは全てドイツ語で書き留め、その几帳面さから他の学生がノートを写すほどでした。

因幡病院（伊藤病院）院長

1891年、養父健蔵が建設した県内一の規模を誇る因幡病院（後の伊藤病院、現：鳥取県立中央病院）の初代院長に就任しました。当初はヨーロッパ留学を希望していましたが、養父の願いを受け入れ、地域医療に貢献しました。患者からは「医者の神様」と崇められ、連日多くの患者が診療を求めて訪れました。

公立札幌病院院長

1894年、公立札幌病院（現：市立札幌病院）の院長に就任し、病院の立て直しに尽力しました。医員の指導や患者の診療に加え、医療に関する講談会を主催し、私立産婆教習所も設立しました。1896年には、日清戦争後の医学の発展のため、自費でドイツ留学を決意。病院関係者や地域住民から多大な支援を受け、留学へと旅立ちました。帰国後、京都医科大学教授就任のため病院を退職しましたが、在任中は病院経営を黒字化させ、病院の基礎を築きました。また、この時の研究により医学博士の学位を得ています。

ヨーロッパへの留学

1896年、ドイツのフライブルク大学やベルリン大学で医学を学び直し、スイスのベルン大学では、後にノーベル賞を受賞するコッハー教授に師事し、外科学を学びました。コッハー教授は隼三の論文を高く評価し、その研究テーマは奇抜で面白いと評しました。その後、ベルリン大学で生理学を学び、数カ国の大学を訪問し医学研究を重ね、1899年に帰国しました。

京都帝国大学教授

帰国後、「癲癇（てんかん）の原因及び療法についての動物実験」の論文を発表し、1900年に京都帝国大学医科教授に就任しました。外科学第二講座の初代担当となり、講義、診療、手術、研究と多忙な日々を送りました。直腸癌に対する手術法である「腹会陰式直腸切断術」（マイルズ手術）を日本で初めて提唱しました。38歳で大学付属病院長にも就任し、事務処理能力にも長けていました。カルテの誤字脱字を厳しく指摘するなど、厳格な一面もありましたが、その根底には患者への深い愛情がありました。

脳神経外科の分野においても、てんかんの手術を日本で初めて手がけるなど、多くの業績を残しました。また、日本初の脊椎麻酔をほぼ同時期に行った一人でもあります。論文指導も徹底しており、引用文献まで丹念に目を通しました。看護婦を私的に使用する医師を厳しく叱責する一方、患者を大切にする姿勢は、多くの医師から尊敬を集めました。

医学部長、大学付属病院長、大学評議員、帝国学士院会員など、大学教授として最高の経歴を積み重ね、数千もの門下生を育成し、日本の医学界に多大な貢献をしました。

定年退官後

1924年に定年退官し、京大名誉教授となりました。故郷に戻り伊藤病院で診療活動を行いました。地元では「日本一の医師が帰ってくる」と歓迎され、地域医療の発展にも尽力しました。また、芸術文化の育成にも貢献しました。1929年、過労により急逝し、その葬儀には勅使が遣わされたそうです。

地元で愛された伊藤病院は、長男の肇によって鳥取市に寄付され、市立鳥取病院となり、後に鳥取県立中央病院として発展しました。

栄典と顕彰

伊藤隼三は、その功績により、従五位、正五位、従四位を叙位されました。また、鳥取県と鳥取市は、伊藤家三代の功績を称え、顕彰碑「鬼手天心」像を鳥取県立中央病院に建立しました。

伊藤隼三は、医学の発展と地域医療に生涯を捧げた偉大な医師であり、その功績は今もなお語り継がれています。

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