伊藤恵

伊藤 恵（いとう けい）は、1959年1月6日に愛知県名古屋市で生まれた、日本を代表するピアノ奏者の一人です。現在は東京芸術大学音楽学部器楽科で教授を務め、後進の指導にもあたっています。

若い頃からその才能は開花し、桐朋女子高等学校を卒業後、ドイツのザルツブルクにあるモーツァルテウム音楽大学、そしてハノーファー国立音楽大学へと進み、国際的な環境で研鑽を積みました。ピアニストとしては有賀和子氏に、また、特にドイツでの学びにおいては、ハンス・ライグラフ氏に師事し、音楽的な深みを追求しました。

彼女のキャリアにおいて特筆すべきは、1983年にドイツで開催されたミュンヘン国際音楽コンクールのピアノ部門での優勝です。この栄誉ある受賞は、その後の国際的な活動への大きな足がかりとなりました。同コンクールでは、著名な指揮者であるヴォルフガング・サヴァリッシュ氏の指揮のもと、バイエルン国立管弦楽団と共演し、世界にその実力を知らしめました。

演奏活動において、彼女がとりわけ深い愛情と情熱を傾けている作曲家がロベルト・シューマンです。その傾倒ぶりはしばしば公言されており、かつてNHKの番組インタビューで「シューマンは恋人」と語ったエピソードは、彼女のシューマン作品への特別な思いを示すものとして広く知られています。彼女の演奏は、シューマンが持つ詩情や内面世界を深く掘り下げた解釈で高い評価を得ています。

フォンテック・レーベルからは、多数のCD録音をリリースしており、その多くが高い芸術性で注目されています。中でも、彼女のシューマンへの特別な思いが結実した壮大なプロジェクトが、「シューマニアーナ」と題されたシューマンの全ピアノ作品の録音です。これは、1987年から2007年という長い年月をかけて取り組まれたライフワークともいえる事業であり、全13枚のCDに収められています。この全集は、伊藤恵によるシューマン解釈の集大成として、貴重な記録となっています。

国際的な著名指揮者との共演も多く、特に印象的なものとしては、ジャン・フルネ氏の指揮活動引退記念コンサートにソリストとして出演したことが挙げられます。この記念すべき舞台で、彼女は東京都交響楽団とともにモーツァルトのピアノ協奏曲第24番を演奏し、巨匠の有終の美を飾る一助となりました。

演奏活動に加え、メディアへの出演もあり、2019年12月にはNHK-FMの番組「バックハウス変奏曲〜名盤を通して知る大芸術家シリーズ」に出演するなど、幅広い活動を展開しています。

もう一度検索