伊藤祐洋

伊藤次郎左衞門祐洋（いとう じろざえもんすけひろ）は、1932年（昭和7年）7月28日に伊藤洋太郎として愛知県名古屋市に生を受けました。百貨店経営で知られる松坂屋の創業家、伊藤家の第17代当主にあたる人物です。父は第16代当主の伊藤次郎左衞門祐茲、母・静子は侯爵佐竹義生氏の令嬢でした。

学業を修めた後、1955年に慶應義塾大学法学部政治学科を卒業しました。その後、百貨店でのキャリアをスタートさせ、阪急百貨店に入社します。しかし、創業家の一員として、1958年2月には松坂屋へ転じました。

松坂屋では順調に昇進を重ね、1961年10月には取締役に選任されます。常務、専務を経て、1968年9月には副社長に就任し、経営の中枢に関わるようになりました。また、経営活動と並行して、1967年1月から1年間、名古屋青年会議所の理事長を務め、地域の経済界や社会活動にも貢献しました。

1980年5月、松坂屋の経営陣において大きな動きがありました。当時の社長であった叔父の伊藤鈴三郎氏が、父である16代目の強い意向により任期途中で辞任を余儀なくされ、その後を受けて洋太郎氏が社長に就任したのです。この父主導による強引な社長交代は、伊藤家内部の権力継承劇として「宮廷革命」と称されました。

しかし、社長の座に就いてからも、その立場は常に安定していたわけではありませんでした。1984年12月に父16代目が死去し会長職が空席となると、翌1985年1月、副社長の鈴木正雄氏が会長に就任する人事が進められました。この人事は、社長である洋太郎氏に直前まで知らされておらず、洋太郎氏は強く反発しましたが、役員会の多数決により押し切られてしまいます。

さらに同年4月22日には臨時取締役会が開催され、社長である洋太郎氏を解任し会長とし、鈴木氏が社長に就任するという議案が可決されました。この決定に対し、洋太郎氏は社長室に籠城し、決議の無効を主張するという異例の事態に発展したと伝えられています。この一連の出来事は、創業家当主といえども、当時の松坂屋社内において絶対的な権力を持っていたわけではないことを示しています。この社長解任と同時に、洋太郎氏の弟にあたる伊藤千次郎氏と武三郎氏も松坂屋の取締役を退任しました。

失脚後、洋太郎氏は創業家17代目として正式に伊藤次郎左衞門祐洋を襲名します。しかし、すでに社内の状況は変化しており、実権を取り戻すことは困難な状況でした。1991年5月、鈴木氏が社長を退いて会長に就任すると、17代目祐洋氏は名誉会長という、実権を伴わない名目だけの役職に祭り上げられる形となりました。

経営の第一線から事実上退いた後も、創業家当主としての存在感はありましたが、かつてのような影響力を持つことはありませんでした。

また、親族にまつわるエピソードとして、長男の伊藤哲也氏が松坂屋への入社を希望した際、当時の経営陣が「役職員の師弟は入社禁止」という方針を理由にこれを拒否したことが挙げられます。将来の18代目当主となるべき人物が、自家の百貨店ではなく、ライバルである三越への就職を余儀なくされたという事実は、当時の松坂屋における複雑な社内事情や創業家と経営陣の関係性をうかがわせるものです。

伊藤次郎左衞門祐洋氏は、病気のため2018年（平成30年）7月2日、名古屋市内の病院で死去しました。享年85歳でした。松坂屋創業家に生まれ、その経営に関与しながらも、社内政治や権力闘争の中で波乱に満ちた生涯を送った人物として、その名は記憶されています。

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