伝奇

伝奇（でんき）は、中国の古典演劇における重要な形式の一つです。戯文（ジーウェン）と並び称されることもありますが、伝奇はより洗練され、大規模な長編戯曲として発展しました。特に明代の嘉靖年間から清代の乾隆年間にかけて隆盛を極めました。

伝奇の特徴として、まず曲調の多様性が挙げられます。南方系の曲調である南曲（ナンチュイ）が基調とされますが、北方系の曲調である北曲（ペイチュイ）も部分的に取り入れられています。これにより、音楽的な表現の幅が広がり、ドラマティックな演出を可能にしました。

また、筋の構成が非常に細かく、複雑に絡み合っている点も特徴です。物語は複数のエピソードに分けられ、それぞれの場面が丁寧に描写されます。歌唱を担当する俳優も複数おり、それぞれの役割に応じて異なる歌唱法を披露することで、物語に深みを与えます。

伝奇の脚本は非常に長く、各本40から50齣（シュツ、場面）にも及ぶことが一般的でした。明代には崑曲（こんきょく）、弋陽腔（よくようこう）、青陽腔（せいやんこう）などの लोकप्रिय な音楽形式で伝奇の脚本が用いられ、歌唱されました。当時の脚本は2600本あまり存在したとされますが、現在まで残っているのは約600本です。

最初期の重要な作品としては、呉越春秋の臥薪嘗胆（がしんしょうたん）の故事を題材にした梁辰魚（りょうしんぎょ）の『浣紗記（かんさき）』が挙げられます。その後、湯顕祖（とうけんそ）、李開先（りかいせん）、孔尚任（こうしょうにん）、朱素臣（しゅそしん）、李玉（りぎょく）、洪昇（こうしょう）など、多くの著名な作家が登場し、数々の名作を生み出しました。

特に有名な作品としては、明代の万暦年間に湯顕祖によって書かれた『牡丹亭（ぼたんてい）』や、清朝初期の孔尚任による『桃花扇（とうかせん）』、洪昇による『長生殿（ちょうせいでん）』などが挙げられます。これらの作品は、恋愛、政治、歴史など、様々なテーマを扱い、当時の社会や人々の感情を豊かに表現しました。

しかし、その後、より大衆的な娯楽である地方劇（様々な地方の民謡や伝説を基にした演劇）が登場すると、伝奇は徐々に衰退していきました。地方劇は、より身近なテーマを扱い、分かりやすい言葉で表現されるため、幅広い層の人々に受け入れられました。それでも、伝奇は中国演劇史において重要な位置を占めており、その芸術的な価値は今日でも高く評価されています。

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