似絵

似絵：写実性を追求した中世の肖像画

似絵とは、鎌倉時代から南北朝時代にかけて流行した肖像画様式です。従来の理想化された肖像画とは異なり、人物の容貌を写実的に描くことを重視した点が大きな特徴です。高僧や権力者の肖像画ではなく、公家や武士、さらには牛馬といった幅広い対象を、その特徴を捉えて描くことを目指しました。

平安時代以前の肖像画と似絵

平安時代以前の日本において、肖像画は主に高僧を描いたものが中心でした。自分の容貌をそのまま描くことを忌避する風潮が強く、世俗の人物を描いた肖像画は非常に稀でした。しかし、平安時代末期から状況は変化し始めます。史料によると、公家の顔貌を写実的に描いた障子絵が存在したことが記録されており、これが似絵の萌芽と言えるでしょう。これらの作品は現存しませんが、似絵が後の時代において発展する礎となりました。

隆信派と似絵の隆盛

似絵という画風が確立されたのは、藤原隆信とその子である信実らの活躍によるところが大きいです。隆信とその子孫からなる隆信派は、細い淡墨線を重ねる独特の技法を用い、対象の特徴を捉えた写実的な肖像画を数多く制作しました。彼らは、主に小幅の紙本に絵を描きました。隆信派は14世紀前半の豪信まで続き、多くの優れた似絵作品を残しました。これらの作品には、後鳥羽天皇像や随身庭騎絵巻といった国宝級の作品も含まれ、現在もその高い芸術性を示しています。

似絵の衰退

14世紀前半を最後に、隆信派の活動は途絶えました。これは、家系内で技術が継承されなくなったこと、そして、似絵的な写実的表現が社会全体に広まり、独自のジャンルとしての必要性が薄れたことなどが原因として考えられます。頂相など、似絵の影響を受けた写実的な肖像画様式が台頭してきたことも、似絵の衰退に繋がったと言えるでしょう。

代表的な似絵作品

現存する似絵作品は、多くが隆信派の作品と考えられています。以下に、代表的な作品をいくつか挙げます。

承安五節絵: 藤原隆信・常盤光長筆と伝えられる作品で、承安元年に制作されました。
中殿御会図: 藤原信実筆による作品で、建保6年に制作されました。
後鳥羽天皇像: 藤原信実筆による作品で、承久3年に制作され、国宝に指定されています。
随身庭騎絵巻: 藤原信実と為継筆と伝えられる作品で、宝治元年に制作され、国宝に指定されています。
親鸞聖人像: 専阿弥陀仏筆とされ、弘長2年に制作された国宝です。
花園天皇像: 豪信筆とされる作品で、暦応元年に制作され、国宝に指定されています。

これらの作品は、似絵の写実性と繊細な筆致を見事に示しています。

似絵と後堀河天皇

後堀河天皇は似絵を好み、北面武士の肖像画を描かせたり、鎌倉武士の肖像画を取り寄せたりしたと伝えられています。これは、似絵が当時の社会において広く認知され、鑑賞されていたことを示す一例と言えるでしょう。

まとめ

似絵は、写実性を追求した独自の肖像画様式として、鎌倉時代から南北朝時代にかけて隆盛を極めました。隆信派を中心とした優れた作品群は、日本の美術史において重要な位置を占めています。似絵の出現と衰退は、時代の変化と肖像画に対する認識の変化を反映していると言えるでしょう。似絵は、中世日本の肖像画史を考える上で欠かせない要素であり、その写実的な表現は、現代においても高い芸術性を誇っています。

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