佐藤井岐雄

佐藤井岐雄：サンショウウオ研究に捧げた生涯

佐藤井岐雄（1902年11月22日 - 1945年8月11日）は、日本の生物学者であり、特にサンショウウオを中心とした両生類研究において世界的な権威でした。彼の生涯は、研究への情熱と、原爆という悲劇によって無念にも断たれました。

生い立ちと研究への道

佐藤井岐雄は、岐阜県郡上郡奥明方村（現在の郡上市）に生まれました。命名の由来は、父の出身地である岐阜県の「岐」と、母の出身地である福井県の「井」にちなんでいます。奈良県の中学校を卒業後、広島高等師範学校（広島高師）に入学し、長野県の自然誌を研究しました。高師卒業後は長野県で中学校教諭として勤務した後、旧制広島文理科大学（現在の広島大学）に入学し、阿部余四男教授に師事しました。後に佐藤は、自身が確認した新種のサンショウウオに、恩師の名にちなんで「アベサンショウウオ」と命名しています。卒業論文は、日本産有尾類の分類及び染色体に関するものでした。

『日本産有尾類総説』の刊行

大学卒業後、佐藤は同大学の助手となり、講師として「原生動物学」を担当しました。1941年には、中国産サソリの形成における細胞内有形物質の研究により理学博士号を取得。1943年には、文理大助教授に昇進し、主著である『日本産有尾類総説』を刊行しました。この著書は、当時体系化が遅れていたイモリやサンショウウオなど、両生類（有尾類）の分類に関するもので、台湾や朝鮮半島に分布する種も含まれています。520ページに及ぶ大著であり、画家・吉岡一による挿図149個、色刷分布図3葉、原色図版31葉を収録しています。当初は欧文での出版が企画されていましたが、時局を考慮して和文での刊行となり、1,000部の限定出版となりました。しかし、この著作によって彼は日本で初めて世界的に認められた両生類学者となりました。

原爆による悲劇的な最期

佐藤は結婚後、広島市内の妻の実家で両親と同居していましたが、戦争が激化すると家族を疎開させました。1945年8月、大学の重要書類が疎開先に送り出されるのに立ち会うため、妻とともに実家に戻り、教授への昇進を2日後に控えた8月6日朝、大学に向かうため広電十日市町電停（爆心地から約800m）で電車を待っていたところ、原爆に被爆し、全身火傷を負いました。その後、自宅で被爆した妻とともに、同僚の土井忠生教授宅に避難し、妻たちの看護を受けながら5日間苦しみ、亡くなりました。享年42歳。

研究の中断と失われた資料

佐藤は、オオサンショウウオの生態に関する研究も進めていましたが、原爆死によってその研究は中断されました。さらに、自筆原稿や標本の多くが焼失したため、オオサンショウウオの生態解明が遅れたと言われています。

人柄と家族

佐藤は、「苦みばしった風貌」で学生からは冷たい印象を持たれることもあったようですが、大学時代はボート部の選手やテニスに励むスポーツマンでした。また、子供をハイキングに連れて行き、採集した野草や貝を料理して振る舞うなど、良き父親としての一面も持っていました。妻も被爆により間もなく亡くなり、夫妻の墓所は広島市にあります。

主な著作

『有尾目』(1937年、三省堂)
『日本産有尾類総説』(1943年、日本出版社。1978年に第一書房から復刊)

佐藤井岐雄の生涯は、研究者としての情熱と才能、そして戦争によって奪われた未来を象徴しています。彼の業績は、今もなお両生類研究において重要な礎となっています。

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