佐藤康邦

佐藤 康邦（さとう やすくに）氏は、日本の哲学、倫理学研究において顕著な足跡を残した学者です。1944年1月に東京都で生を受け、2018年7月にその生涯を閉じました。特にドイツ哲学、中でもヘーゲルやカントの研究で知られ、東京大学名誉教授の称号を得ています。

氏の学問的キャリアは、東京都立新宿高等学校を卒業後、東京大学に進学することから始まりました。1968年に同大学文学部倫理学科を卒業し、1973年には大学院博士課程を単位取得退学しています。その後、東京大学教養学部社会科学科で助手として研究生活をスタートさせました。

1977年には東洋大学文学部に移り、専任講師に就任。1980年には助教授、1989年には教授へと昇進し、長きにわたり教育と研究に貢献しました。この東洋大学在職中の1984年から1986年にかけては、西ドイツのアレクサンダー・フォン・フンボルト財団の奨学生として、エアランゲン・ニュルンベルク大学哲学科に留学し、海外での研鑽を積みました。

1996年からは母校である東京大学に戻り、大学院人文社会系研究科の教授として、次世代の研究者の育成に力を注ぎました。2006年に東京大学を定年退職し、名誉教授となりますが、その後も教育活動を続け、2007年から2014年まで放送大学教授を、2015年から2017年までは放送大学客員教授を務めました。

研究分野は多岐にわたりますが、初期にはヘーゲル哲学、特にその目的論の研究に深く取り組んでいました。代表的な研究成果の一つに、2005年に東京大学から文学博士の学位を取得した論文『カント『判断力批判』と現代 目的論の新たな可能性を求めて』（岩波書店、2005年）があります。この著作は高く評価され、同年、第18回和辻哲郎文化賞を受賞しました。

また、哲学史的な視点から芸術、特に絵画空間の哲学にも独自の考察を展開しました。著書『絵画空間の哲学 思想史の中の遠近法』（三元社、1992年）は、その分野での代表作として知られ、近年では文庫版も刊行されています。この他にも、『ヘーゲルと目的論』（昭和堂、1991年）、『様式の基礎にあるもの 絵画芸術の哲学』（三元社、2014年）など、芸術哲学に関連する重要な著作があります。

哲学史全般にも造詣が深く、放送大学での講義などを基にした一般向けの著作も多数あります。『現代を生きる哲学』（2007年）、『哲学への誘い』（2008年、改訂版2014年）、『哲学史における生命概念』（2010年）、『近代哲学の人間像』（2012年）、『教養のヘーゲル『法の哲学』 国家を哲学するとは何か』（三元社、2016年）、晩年の『古代ギリシアにおける哲学的知性の目覚め』（左右社、2018年）などがあり、哲学を分かりやすく伝えることにも尽力しました。

さらに、共編著や翻訳活動も精力的に行いました。ヘーゲルの重要な著作である『法の哲学』の共訳（岩波書店、2000-2001年、のち岩波文庫）は、ヘーゲル研究への貢献として特筆されます。また、『モラル・アポリア』、『感覚 - 世界の境界線』、『甦る和辻哲郎』、『風景の哲学』、『西洋哲学の誕生』、『カント哲学のアクチュアリティー』、『ドイツ哲学の系譜』といった共編著は、様々な分野の研究者との交流の中で生まれ、倫理学や現象学、ドイツ哲学といった領域における議論の深化に貢献しました。

佐藤康邦氏は、ヘーゲル、カントといったドイツ観念論を基軸としつつ、芸術哲学、倫理学、そして哲学史といった幅広い領域にわたる研究を通じて、日本の哲学界に多大な貢献をしました。その著作は専門家のみならず、哲学に関心を持つ多くの人々に影響を与えています。

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