信夫恕軒

信夫恕軒：傲岸にして才能あふれる漢学者

信夫恕軒（しのぶ じょけん、1835年5月31日 - 1910年12月11日）は、明治時代の著名な漢学者です。鳥取藩医の家に生まれた彼は、幼少期から学問に励み、数々の名だたる学者に師事しました。恵まれない家庭環境の中、彼は並々ならぬ努力で学問を極め、やがて東京大学講師の地位にまで上り詰めます。

彼の経歴は波瀾万丈でした。東京で私塾「奇文欣賞堂」を開き漢学を教授した後、三重県や和歌山県の中学校教官を歴任。その後東京に戻り、小石川に居住しました。晩年は中風のため、自宅で生涯を閉じました。

恕軒は、代々鳥取藩に仕えた侍医の家系に生まれました。しかし、2歳の時に父親を亡くし、貧しい生活を送ることを余儀なくされます。それでも彼は学問への情熱を燃やし続け、海保漁村、芳野金陵、大槻磐渓といった著名な学者に師事し、経史や文辞を深く学びました。

医術の師については記録がありませんが、学業を終えると下野真岡、北総を経て茨城県に滞在したとされています。30歳頃のことです。明治時代に入ると、東京で塾を開き、後進の指導にあたりました。

東京大学講師としての職務に加え、三重県と和歌山県の中学校で教鞭をとるなど、教育にも貢献しました。彼の学問への情熱は、晩年まで衰えることはありませんでした。

恕軒の人物像は、複雑で興味深いものです。彼は、優れた才能と雄弁さを持ち合わせていましたが、同時に偏狭で短気な性格でも知られていました。そのため、友人は多くありませんでしたが、成島柳北とは生涯にわたる友情を育みました。

彼の講義、特に赤穂浪士に関する話は特に有名でした。臨場感あふれる語り口は、聴衆を魅了し、中には涙する者もいたと言われています。しかし、彼の赤穂浪士に関する解釈は、従来の英雄伝説を覆すものでした。義士の美化を批判し、史実に基づいた厳しい見解を示したのです。

彼の著作には、『恕軒文鈔』、『恕軒詩鈔』、『恕軒漫筆』、『赤穂誠忠録』、『養蚕新論』、『恕軒遺稿』、『漢訳文則』などがあります。『赤穂誠忠録』では、赤穂義士だけでなく、吉良家の忠臣にも焦点を当て、従来とは異なる視点から赤穂事件を描写しています。

傲岸で短気な性格と評されることもありましたが、一方で才能溢れる人物であったことは間違いありません。友人の依田学海は彼の気性を「磊落で飾るところがない」と評し、師である羽倉簡堂は「よく人を罵る」と評しています。複雑な人物像ゆえに、多くの逸話や評価が残されているのです。

信夫恕軒は、困難な環境を乗り越えて学問を究め、独自の思想と才能で後世に影響を与えた、特異な存在と言えるでしょう。彼の生涯と業績は、今もなお研究者の関心を集めています。

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