偵察オーダー

偵察オーダー（ていさつオーダー）

「偵察オーダー」あるいは「偵察メンバー」とは、野球の試合における戦術の一つで、その試合に出場させる予定のない控え選手を意図的にスターティングメンバーに含めることを指します。この一時的な先発選手は「当て馬」とも呼ばれます。

概要と目的

この作戦が用いられる主な目的は、相手チームの先発投手が試合開始まで判明しない場合に、自チームの打順や守備配置を柔軟に対応させるためです。特に相手投手が右投げか左投げ（サウスポー）か予測できない際に有効とされました。とりあえず控え選手を先発に据え、試合が始まって相手投手が明らかになった時点で、本来起用したい選手を交代で出す、というのが一般的な流れです。

偵察メンバーに選ばれるのは、ほとんどの場合、その試合で登板予定のない投手です。しかし、時には怪我などでその試合に出場できない捕手や野手がリストに載ることもありました。この戦術を特に好んで用いた監督として、1960年代の大洋ホエールズを率いた三原脩氏が知られています。多い時には、先発野手9人のうち7人が偵察メンバーという異例のケースもあったと記録されています。

運用と規則

偵察オーダーを実行する際、チームが先攻の場合は比較的容易です。1回表に偵察メンバーに打順が回ってきた際に、交代したい選手を代打として出場させれば済みます。しかし、打順が回ってこなかった場合や、後攻チームの場合は、偵察メンバーが一旦守備に就き、プレイボールがかかった後に交代を行う必要があります。もし監督や選手が交代手続きを失念し、交代するはずの選手がそのまま守備に就いて試合が続行された場合でも、公認野球規則5.10(j)の規定により、球審がプレイを宣告した段階で正式な交代があったものと見なされ、その後のプレイは全て有効とされます。

かつては、偵察メンバーとしての出場も守備成績の「試合」数にカウントされていました（1976年まで）。1960年代から1970年代前半の選手の成績で、投手以外の守備位置が記録されている投手がいる場合、それは偵察メンバーとして一時的に守備に就いたケースが多いです。ただし、打撃成績における「試合」数は、現在でも偵察メンバーとしての出場も含まれてカウントされます。

現代における偵察オーダー

日本では、予告先発制度が普及したことにより、偵察オーダーの必要性は大幅に低下しました。パシフィック・リーグでは1994年から、セントラル・リーグでは2012年から予告先発が採用され、両リーグの交流戦でも導入されています。そのため、現代のプロ野球公式戦で偵察オーダーが用いられることは極めて稀になっています。

指名打者制度と偵察メンバー

指名打者（DH）制度が導入された当初は、DHの交代が自由だったため、DHに偵察メンバーを起用することも可能でした。しかし、日米ともにDHに関する規則が改正され、先発DHは1打席を完了するか、相手先発投手が降板するまで交代できないことになったため、DHに偵察メンバーを置くことは事実上不可能となりました。

この規則改正を巡っては、いくつかの興味深いエピソードがあります。1982年8月12日の阪急対近鉄戦では、阪急の上田利治監督が規則改正を忘れ、投手の山沖之彦投手を偵察目的でDHに入れましたが、交代が認められずそのまま打席に立ち三振に倒れました。また、2011年の交流戦、広島対オリックス戦では、広島の野村謙二郎監督が投手の今村猛投手をDHで先発させましたが、相手監督に指摘され規則に気づくという場面がありました。

現在、NPBの公式戦では予告先発が全面的に採用されているため、DHに偵察メンバーを起用するケースは、原則としてオープン戦や日本シリーズといった予告先発制度が適用されない試合に限られています。

偵察オーダーへの対抗策

相手チームが偵察オーダーを用いた場合、それに対抗する戦略も存在します。例えば、1回表に相手チームが偵察メンバーを交代したのを確認してから、その回の攻撃を終えた後の1回裏にすぐに自チームの投手を交代させる、というものです。投手は登板したら少なくとも一人の打者と対戦を完了する必要があるため、交代は二人目の打者からとなります。

この対抗策をかつて実行した例として、野村克也氏（監督として2度）、三原脩氏（監督としてしばしば）がいます。特に三原氏の例では、相手の偵察オーダーを読む中で、先発投手を急遽変更したことが、佐々木吉郎投手の完全試合という歴史的な記録に繋がった逸話も残っています（1966年5月1日、大洋対広島）。

偵察メンバーに関する人物

プロ野球の歴史において、偵察メンバーとして記録に残る選手やエピソードがあります。

干場一夫：プロ野球における偵察メンバー起用の最初の事例とされる（1950年4月22日）。
渡会純男：通算419試合出場のうち半分以上が偵察メンバーとして。166試合連続偵察出場のプロ野球記録保持者。
斎藤勝博：通算25試合出場全てが偵察メンバーとしての記録。
相馬勝也：1986年に27試合に出場、うち26試合が偵察メンバーで「当て馬の相馬」と呼ばれた。
プロ公式戦出場が偵察メンバーの一度だけだった選手として、小川一夫氏や金城晃世氏（金城龍彦氏の父）などが知られています。
中日の高木守道監督が、怪我明けの落合博満氏を1993年10月3日の阪神戦で偵察メンバーとして起用した例もあります。落合氏は打席に立つことなく、初回から代打が出されました。

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