僦馬の党

僦馬の党（しゅうばのとう）

平安時代の日本において、主に坂東（現在の関東地方）で見られた「僦馬の党」とは、国衙に納められる調（特産物）や庸（労役の代納としての絹など）といった租税や、それ以外の物資の運搬を馬を用いて請け負った「僦馬」と呼ばれる人々の集団を指します。

時代の背景と役割

律令制度の下では、地方から畿内への貢納物の運搬は重要な任務であり、主に郡司やその地域の富豪層がこれを担っていました。西日本や日本海沿岸地域では河川や海上を利用した舟運が中心でしたが、広大な馬牧に適した土地が多い東国では、馬による陸上運送が特に発達しました。僦馬たちは、これらの重要な荷物を目的地まで運び届けるとともに、その安全を守る役割を担いました。特に、東海道の足柄峠や東山道の碓氷峠といった交通の難所では、彼らの存在が不可欠だったと考えられています。

武装化と群盗化

しかし、8世紀末から9世紀にかけて、国家の常備軍であった軍団が廃止されると、地方の治安は急速に悪化しました。国衙による厳しい税の取り立てに反発する者や、単なる略奪を目的とする群盗が横行するようになったのです。このような状況下で、僦馬たちは自らの身や荷物を守るため、武装を余儀なくされました。やがて、彼らは単なる武装した運び屋にとどまらず、自らも他の僦馬や村々を襲い、馬や荷物を奪うといった群盗行為に手を染めるようになります。その活動範囲は東国に留まらず、ついには畿内にまで及び、平安京の貴族の邸宅が襲われる事件も発生するに至りました。

背景と諸説

彼らが武装し、群盗化した背景にはいくつかの要因が指摘されています。一つには、当時の東国における製鉄技術の発展があり、彼らが武器を容易に入手できるようになったことが挙げられます。また、現在の東北地方から関東などへ移住させられた俘囚（朝廷に服属した蝦夷）の中にも、商業や輸送に携わる者がおり、彼らが徒党を組んで活動していたことが、僦馬の党の先駆的な存在であったとする見解もあります。これらの集団は組織的に活動し、例えば東海道で奪った馬を東山道で売り払うなど、広範なネットワークを持っていたことがうかがえます。

鎮圧と武士の台頭

僦馬の党などの横行は、東国の社会に大きな混乱をもたらしました。特に寛平年間から延喜年間にかけては、「寛平・延喜東国の乱」と呼ばれる大規模な反乱も発生しています。これに対処するため、昌泰2年（899年）には足柄峠や碓氷峠に改めて関所が設置されるなど、治安維持の強化が図られました。

こうした武装集団の活動を鎮圧する役割を担ったのは、主に地方の国司や押領使に任命された平高望、藤原利仁、藤原秀郷といった下級貴族たちでした。彼らは軍事的な才能を発揮して功績を挙げ、その報酬として地方に基盤を築き（負名として土着）、現地の治安維持にあたりました。近年の歴史研究では、このような東国の僦馬の党や西国で横行した海賊といった武装集団の活動、そしてそれを鎮圧する過程で力を蓄えた在地土豪の武装集団の争いが、後の武士階級の発生に深く関わっているとする見解が有力視されています。承平天慶の乱も、これらの鎮圧過程で台頭した軍事貴族の内部分裂が原因であったと解釈されることもあります。

僦馬の党は、平安時代の地方における治安悪化、律令体制の変質、そして武士の起源を考える上で重要な鍵となる存在と言えるでしょう。

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