軍事貴族

平安時代から鎌倉時代初期の軍事貴族：公家社会から生まれた武士のルーツ

平安時代初期以降、日本の政治社会において、軍事専門の貴族階級として台頭したのが軍事貴族です。公家やその下級官人出身者から成り、武家の礎を築いた存在として知られています。藤原氏各流、清和源氏、桓武平氏など、多くの有力氏族がその中に含まれていました。

軍事貴族概念の成立

軍事貴族という概念は、戸田芳実氏らの軍制史研究によって広く認知されるようになりました。これは1970年代以降、従来の在地農民から武士が出現したとする歴史解釈への反論として、公家社会内部にその起源を求める見地から生まれた概念です。古代・中世史研究の進展に伴い、農民層ではなく公家と武家の繋がりを説明する上で重要な概念となりました。

律令制以前と律令制下の軍事

律令国家成立以前の古墳時代や飛鳥時代には、物部氏や大伴氏などの豪族が軍事力を掌握していました。しかし、7世紀後期に確立された律令制は氏族による世襲的な官職を否定し、官僚制を基盤としました。各地に設置された軍団は、物部氏や大伴氏に代わって軍事力を担いましたが、8世紀末から9世紀にかけて軍団は廃止されます。その後、必要に応じて国衙が兵を徴発する臨時的な軍事体制へと移行しました。

軍事貴族の成立と承平天慶の乱

9世紀末から10世紀初頭、東国では官物を強奪する群盗の蜂起が頻発しました。朝廷はこれに対処するため、受領に軍事上の権限を拡大し、「追捕官符」を発布、国単位で押領使・追捕使を任命しました。この制度改革は、地方への権限委譲という点で、王朝国家体制の転換を示す重要な出来事でした。藤原為憲、藤原利仁、藤原秀郷、平高望、源経基など、下級貴族出身の者たちが群盗追討で活躍し、地方に土着、経済基盤を築いていきました。しかし、朝廷の対応に不満が蓄積し、天慶3年頃には承平天慶の乱が発生。この乱の双方に、延喜期に功績を挙げた者たちの後裔が関わっていました。乱の鎮圧後に勲功者の子孫が昇進し、「兵の家」として認知されるようになり、これが軍事貴族、ひいては武家の母体となったのです。しかし、全員が軍事貴族になったわけではなく、家業の継承は流動的でした。

11世紀以降の軍事貴族

11世紀に入ると、家業の継承、官司請負制が確立し、軍事を専門とする家系が固定化していきました。彼らは主に六位どまりの侍身分でしたが、上位者は諸大夫身分となり、受領などに任命されました。軍事貴族の中でも、四位以上に叙されたのは、藤原氏各流、清和源氏、桓武平氏などに限られました。当初清和源氏が武家の棟梁と認識されていましたが、平忠盛の台頭により、桓武平氏へと移行していきます。

軍事貴族の官職と在地豪族との関係

軍事貴族は滝口、蔵人、検非違使などの武官を務め、功績を挙げると受領に任命されることが多かったです。国衙軍制下では、国司が「武士交名」に基づき、承平天慶期の勲功者の子孫や郡司、富豪百姓らを軍事力として編成しました。軍事貴族は在地の有力者と関係を構築し、国内軍事力の編成に有利な立場にありました。主従関係は徐々に築かれていきましたが、流動的な側面も持っていました。受領後は再び受領に任命されたり、衛門尉や刑部丞などの武官に任じられたりしました。

院宮王臣家との関係

軍事貴族は摂関家などの有力公家の家司や院司として仕えることもありました。清和源氏は藤原北家の家司として仕え、摂関家の権勢維持に貢献しました。一方、桓武平氏は清和源氏ほどには摂関家と深く関わりませんでした。清和源氏の台頭は武勇だけでなく、摂関家への貢献によるところが大きく、軍事貴族の地位は中央政界の動向に大きく左右されていたのです。院政期には、平忠盛が院近臣となり、武家の棟梁の地位を源氏から奪取しました。これは中央政界の中心が摂関家から治天の君に移ったことによる変化でした。

軍事貴族の終焉

保元・平治の乱を経て、平清盛が権力を掌握し、平氏政権を樹立しました。しかし、源頼朝の台頭により、平氏政権は滅亡。頼朝は関東武士層を基盤とし、軍事貴族としての地位を否定し、鎌倉殿という新たな武家棟梁の地位を確立しました。頼朝死後、軍事貴族としての性格は次第に薄れていきます。承久の乱後、朝廷に仕えた一部の軍事貴族も滅亡し、軍事貴族という存在は歴史の表舞台から姿を消しました。平氏の滅亡は、従来の在地農民を武士の起源とする見方では、平氏が公家に取り込まれたからとされますが、公家を武家の起源とする見方では、平氏は軍事貴族としての本分を全うしたと言えるでしょう。源氏は軍事貴族としての立場よりも、在地領主層を基盤とする立場へと転換しました。南北朝時代には土岐氏や足利氏も広義的な軍事貴族とみなせるものの、室町時代の動乱を経て、軍事貴族の意義は完全に消滅しました。

外国の軍事貴族

フランスの帯剣貴族、イギリスの世襲貴族、オスマン帝国のティマールなども、広義では軍事貴族に含まれる場合があります。

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