全的堕落

全的堕落とは

全的堕落（Total Depravity）とは、キリスト教神学における重要な概念であり、特にプロテスタント、中でもカルヴァン主義の神学において中心的な教義です。これは、アダムの堕罪によって全人類が罪の影響下にあり、その結果として人間の本性全体が堕落しているという考え方を示します。この教えは、人間の救済における神の恵みの重要性を強調する一方で、人間の自由意志に関する議論を引き起こす要因ともなっています。

歴史的背景

全的堕落の教理は、4世紀のペラギウス主義に対するアウグスティヌスの反論から発展しました。ペラギウスは、人間の自由意志を重視し、神の恵みなしに自力で救われる可能性を主張しましたが、アウグスティヌスは、人間の罪深さを強調し、神の恵みがなければ救いはないと主張しました。

宗教改革において、マルティン・ルターやジャン・カルヴァンはアウグスティヌスの原罪論をさらに発展させ、全的堕落の教理を確立しました。特にカルヴァンは、この教理を自らの神学体系の中心に据え、人間の完全な無力さと神の主権を強調しました。

全的堕落の内容

全的堕落の教えは、人間の人格の三要素、すなわち意志、理性、感情の全てが罪の影響下にあると主張します。

意志の堕落

人間の意志は、罪の奴隷となっており、神に従うことができなくなっています。そのため、人間は自らの力で神に立ち返ることができず、神の恵みによってのみ救われるとされます。

理性の堕落

人間の理性もまた、罪によって堕落しています。人は自分自身を賢いと思いがちですが、実際には愚かであり、霊的な真理を理解することができません。そのため、聖書を正しく理解するためには、聖霊の導きが必要だとされます。

感情の堕落

人間の感情も、罪の影響を受けて歪んでいます。愛するべきものを憎んだり、謙遜であるべきところを傲慢になったりするなど、感情が倒錯しています。

プロテスタントにおける解釈

プロテスタントの多くの教派は、全的堕落の教理を受け入れています。しかし、その解釈には若干の違いがあります。

カルヴァン主義: カルヴァン主義は、全的堕落を強調し、人間の完全な無力さと神の主権を強く主張します。
ルーテル主義: ルーテル主義も全的堕落を認めるものの、人間の自由意志の側面をある程度認める立場をとります。
ウェスレアン・アルミニアン主義: ウェスレアン・アルミニアン主義は、全的堕落を認めるものの、神の恵みによって回復した人間の自由意志を強調します。

カトリック教会と正教会における解釈

カトリック教会と正教会は、プロテスタントの全的堕落の教理を全面的には受け入れていません。

カトリック教会: カトリック教会は、アウグスティヌスの原罪論を認めるものの、人間の自由意志が罪によって完全に失われたとは考えていません。人間の救いは、神の恵みと人間の自由な協力によって達成されると主張します。
* 正教会: 正教会は、人間の本性が罪によって完全に堕落したとは考えていません。人間は罪によって病んでいるものの、神の像は失われておらず、善を選択する自由も残っているとされます。

全的堕落の重要性

全的堕落の教理は、人間の罪深さを理解する上で重要な概念です。この教理は、人間の自己救済の無力さを強調し、神の恵みの必要性を教えています。また、この教理は、キリスト教神学における他の多くの教義、例えば救済論、キリスト論、聖霊論などと深く関連しています。

まとめ

全的堕落の教理は、キリスト教神学における重要な概念であり、人間の罪深さを強調する一方で、神の恵みによる救いの希望を示しています。この教理は、プロテスタントの各教派で受け入れられているものの、その解釈には若干の違いがあり、カトリック教会や正教会では異なる解釈がなされています。

この教理を理解することは、キリスト教信仰をより深く理解するための一歩となるでしょう。

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