八幡祭小望月賑

八幡祭小望月賑（縮屋新助）

『八幡祭小望月賑』（はちまんまつり よみやのにぎわい）は、通称『縮屋新助』（ちぢみや しんすけ）として知られる歌舞伎の演目です。別題として『八幡祭宵宮邌物』、『三五夜中色新月』とも呼ばれます。

万延元年（1860年）に江戸市村座で初演され、二代目河竹新七（黙阿弥）によって作られた全六幕の作品です。

概説

本作は、四代目中村芝翫の人気に対抗するため、河竹新七が盟友である四代目市川小團次のために書き下ろした世話物の狂言です。文化四年（1807年）の深川八幡宮祭礼における永代橋崩落事故と、文政三年（1820年）の深川芸者殺し事件を題材としています。「切られ与三」の世界観と妖刀村正によるお家騒動が組み合わさった物語ですが、現在では縮屋新助に焦点を当てた部分のみが上演されることが一般的です。

あらすじ

第一幕：仲町野花屋の場

木更津の親分である赤間源左衛門は、妾のお富が間男である与三郎と海に身を投げてしまったことに腹を立て、子分の海松杭の松や用心棒の平馬を連れて江戸の仲町に遊びに来ます。そこで、野花屋の遊女である新藁おみよがお富と瓜二つであることに目をつけ、付きまとうようになります。そこへ、越後の縮緬商人である新助が誤って源左衛門にぶつかってしまい、怒った赤間たちは新助を痛めつけようとしますが、おみよのとりなしによって新助は助けられます。その後、一人になったおみよは愛人の新三郎と逢瀬を楽しみますが、源左衛門に見咎められ、二の腕に彫られた「新」の字から情人の名を言えと迫られます。そこに、先ほど助けられた新助が現れ、「その字は私の一字だ」と嘘をつき、おみよの窮地を救います。腹を立てた源左衛門は、新助の額を煙管で割り、立ち去ります。

親切心からおみよの恋人だと嘘をついた新助でしたが、新三郎とおみよが仲睦まじく奥座敷へ行くのを見送りながら、おみよに恋心を抱くようになります。

第二幕

第一場：花水橋喧嘩の場

花水橋（実際の永代橋）で、鳶の者と赤間の子分たちが大喧嘩を繰り広げます。祭りの時期で人出が多く、橋の上は大混乱となります。ついに欄干が壊れ、おみよを含む多くの人々が川に落ちてしまいます。

第二場：稲瀬川波除の場

川に落ちたおみよを救ったのは、偶然小舟で通りかかった新助でした。誰もいない小舟の中で、新助はおみよに恋心を打ち明けます。困惑したおみよは、新三郎が探している香炉を手に入れ、仕官が叶った上で新助と夫婦になろうとその場しのぎの嘘をつきますが、新助はそれを真に受けてしまいます。

第三幕

第一場：化粧坂仲町の場

新三郎は、許嫁であるおきしの兄であり剣術の師匠である小天狗正作から、先日橋で起きた喧嘩の際に香炉の質手形を拾ったことを知らされます。おみよという恋人がいる新三郎に、正作は妹のおきしが悲観して尼になったことを告げます。そして、正作は手形と請け出しの金子を新三郎に渡し、破談の証拠とするように促します。早まった行動をせず、香炉を持って主君の元へ帰るように諭します。新三郎は、おみよと妹の両方に申し訳が立たず、おみよの元へ行き、「お前との関係はこれまでだ。新助という男がいるのだから身を引く」と本心とは裏腹に別れを告げます。自暴自棄になったおみよが酒を煽っていると、新助が縮屋の仲間を連れて香炉の代金を工面してやって来ますが、おみよは酔った勢いもあり、新助を冷たくあしらい、愛想を尽かします。大勢の前で恥をかかされた新助は、悔し涙を流しながら帰って行きます。その後、おみよは野花屋の女房であるお露から新三郎の書き置きを見せられ、初めて事の真相を知り、新助に詫びの手紙を書きます。

第二場：雪ノ下縮屋宿の場

傷心の新助は、宿の主人である六兵衛と下男の作助から、おみよのことを忘れるように諭されます。新助は表面上はそれに従いますが、内心ではおみよへの復讐心が消えていません。たまたま来た小道具屋から妖刀村正を買った新助は、刀を手にした途端に狂い出し、おみよを殺そうと駆け出していきます。驚いた六兵衛と作助の元へ、おみよの手紙を持ったお露がやって来ます。手紙と共に添えられた不動の尊像から、おみよは幼い頃に生き別れた新助の実の妹であることが判明します。折しも、あちこちで人殺しの叫び声が聞こえ、作助は急いで新助の後を追います。

第三場：仲町裏手の場

殺人鬼と化した新助は、通りかかった縮屋の仲間たちをも手にかけます。

第四場：洲崎土手の場

おみよは赤間の子分に捕まり、駕籠で拉致されますが、新助に駕籠を止められ、惨殺されます。その後、正気に戻った新助は、駆けつけた作助から事の真相を聞かされ、申し訳なさから自害して果てます。

初演時の配役

新助・正作 - 四代目 市川小團次
おみよ - 三代目 岩井粂三郎
赤間源左衛門・六兵衛 - 三代目 關三十郎
穂積新三郎 - 初代 河原崎権十郎

解説

本作は、正直で一途な地方出身の男が、都会の女性に騙され破滅していく物語であり、並木五瓶の『五大力恋緘』との共通点が見られます。新三郎の台詞には「五大力のせりふにも妓女に恋なし、宝を以って恋とすと、並木五瓶が書いた通り」という内輪ネタがあり、新七が『五大力』を意識して書いたことが窺えます。

『縮屋新助』を下敷きにして、明治時代に新七の門弟である三代目河竹新七が登場人物やあらすじがほぼ同じの『籠釣瓶花街酔醒』を初代市川左團次に書いていますが、『籠釣瓶』は構成や内容の成熟度で『縮屋新助』に劣ります。しかし、役者に恵まれた『籠釣瓶』が今日でも人気の演目であるのに対し、初代中村吉右衛門や八代目松本幸四郎の他にこれといった役者に恵まれなかった『縮屋新助』は、今日では事実上「埋もれた名作」となっています。

本心でない「愛想尽かし」が「逆恨み殺し」に発展するという筋立ては歌舞伎ではよく用いられますが、本作では二重の「愛想尽かし」を用いています。新三郎が本心でない愛想尽かしをおみよにし、自棄になったおみよが新助のせいでこうなったと本心からの愛想尽かしをするという、手の込んだ構成が特徴です。また、嘘から出た真の新助のおみよへの恋心の芽生えが極めて自然に描かれているのも特徴的です。

小團次の迫真の演技は大好評を博し、特に縮屋宿の深刻さと狂気は絶品と評されました。

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