六十一人叛徒集団事件

「六十一人叛徒集団事件」は、中華人民共和国の文化大革命という激動の時代に発生した、中国共産党内部における冤罪事件です。この事件では、過去に国民党支配下の獄中から党中央の指示に基づき偽装転向して釈放された共産党員たちが、「裏切り者」（叛徒）であるとして不当に弾圧されました。事件は、当時の国家主席であった劉少奇をはじめとする党の実力者を政治的に失脚させる目的で、康生や江青を中心とする中央文革小組などによって主導された側面が強いとされています。

出獄工作とその背景

事件の発端となったのは、日中戦争勃発前の1930年代半ばに行われた共産党員の「出獄工作」でした。当時、中国共産党は国民党との激しい闘争の最中にあり、特に1935年、天津に設置された省党委員会（後の党中央北方局の前身）が国民党の弾圧によって壊滅的な打撃を受け、多くの主要幹部が逮捕されるという事態に直面していました。これにより、党組織は深刻な人員不足に陥ります。

この危機的状況を打開するため、当時中央北方局書記であった劉少奇と、同じく党幹部であった柯慶施は、党中央総書記の張聞天に対し、獄中にいる経験豊かな党員たちを監獄の規定に基づく釈放手続きを利用して出獄させるための工作を提案しました。党中央はこの提案を承認し、この決定に伴う政治的・組織的責任は全て党中央が負うことを約束しました。

工作の具体的な内容は、獄中の党員たちが形式的に地元紙へ反共声明を掲載するという、表面上の「転向」を行うことで、当局の目を欺いて釈放を勝ち取るというものでした。この党中央の指示に従い、薄一波、劉瀾濤、安子文、楊献珍、周仲英らを含む61人の党員が監獄から無事に出獄しました。彼らは出獄後、再び共産党の重要な業務に復帰し、来るべき抗日戦争やその後の解放戦争において指導的な役割を果たしました。

この出獄工作を経て党に戻った幹部たちの貢献は認められ、1945年に開催された中国共産党第7回全国代表大会では、出獄者の中から選出された12名の代表について、その代表資格が正式に承認されています。また、中華人民共和国建国以降、文化大革命が始まるまでの長きにわたり、この出獄工作そのものが党内で問題視されることはありませんでした。

文化大革命と「叛徒」認定

しかし、文化大革命が猛威を振るい始めた1960年代後半になると、この過去の出獄工作は政治的な攻撃材料として利用されるようになります。

事態が動き出したのは1966年8月、中国共産党第8期中央委員会第11回全体会議（11中全会）の直後のことでした。この会議で劉少奇国家主席への批判が高まる中、康生は出獄工作を持ち出し、これを問題視しました。同年9月には、康生は毛沢東に対し個人的な書簡で、「長年にわたり、劉少奇同志が安子文や薄一波らを指示して自首出獄させた決定について疑問を抱いていた」と報告しています。

この問題が表面化し、当時中央西北局第一書記を務めていた劉瀾濤が紅衛兵による批判集会に引きずり出されるという事件が発生しました。これを知った周恩来総理は直ちに介入し、問題とされた出獄工作は当時の党中央が十分承知し、承認した上で行われたものであり、関係者に責任はないと明確に擁護しました。この時点では、毛沢東も周恩来の見解に同意を示したと伝えられています。

それにもかかわらず、康生が顧問を務めていた中央文革小組は、この問題を劉少奇を追い詰めるための絶好の機会と捉えました。彼らは、「安子文は反党分子であり、彼ら変節分子の反党活動の首謀者は劉少奇である」と主張し、さらに「安子文、薄一波、劉瀾濤らが、党の組織部や監察委員会といった主要部門の権力を掌握し、ブルジョワ独裁を実行した」と紅衛兵や一般大衆を強く扇動しました。これにより、出獄工作に関わった多くの幹部たちが、「裏切り者」（叛徒）のレッテルを貼られ、激しい批判と迫害の対象となりました。

病気療養のため広州に避難していた薄一波も、文革小組の指示によってすぐに北京へ強制的に連れ戻され、徹底的な追及を受けました。そして、1967年3月16日、党中央は「薄一波、劉瀾濤、安子文、楊献珍らの自主変節問題に関する初歩的調査」と題する文書を発行し、これらの人々を公式に「裏切り者」であると断定しました。この「六十一人叛徒集団事件」は、同時期に人民解放軍の古参幹部たちが文革の過激な手法を批判して逆に失脚させられた「二月抗争」と並び、劉少奇国家主席を政治的に決定的な窮地に追い込むための重要な出来事となりました。

名誉回復

文化大革命が終結し、混乱が収束に向かう中で、この冤罪事件の見直しが求められるようになりました。1978年11月20日、中国共産党中央は六十一人事件に関する再調査の報告を発表し、「叛徒集団」などというものは存在せず、この事件が全くの誤りであったことを公式に認めました。これにより、不当な扱いを受けた党員たちの名誉は回復されることとなりました。

特に、同年12月に開催された中国共産党第11期中央委員会第3回全体会議（11期3中全会）までには、六十一人叛徒集団事件の全ての関係者の名誉が正式に回復されました。この会議は、文化大革命の終結を確認し、これまでの誤りを是正するとともに、改革開放という新たな時代の幕を開ける、中国現代史における極めて重要な転換点となりました。この事件の誤りを認めたことは、文革の否定と正義の回復を示す象徴的な出来事の一つでした。

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