内橋克人

内橋 克人（うちはし かつと）

内橋克人は、日本の社会経済に対する鋭い洞察で知られる経済評論家です。1932年に兵庫県神戸市に生まれ、2021年9月1日に89歳でその生涯を閉じました。彼の評論活動は、高度経済成長期の日本経済の光と影を見つめ、グローバル化が進む中で見失われがちな人間的な価値や社会的公正を追求するものでした。

生い立ちとキャリア

内橋氏は、神戸商科大学（現在の兵庫県立大学）で商経学部を卒業後、神戸新聞の記者として社会人の第一歩を踏み出しました。記者時代に培われた現場主義的な視点は、その後の評論活動の基盤となります。1967年にフリーランスの評論家として独立してからは、経済、技術、社会、人間といった多岐にわたるテーマで活発な執筆・発言活動を展開しました。長年の功績に対し、2006年に第16回イーハトーブ賞、2008年には第60回NHK放送文化賞が贈られています。

晩年は神奈川県鎌倉市で過ごし、2021年9月1日午後4時37分、急性心筋梗塞のため、療養先の病院で世を去りました。

活動と社会との関わり

メディアにおいては、読売テレビの報道番組「ウェークアップ!」にレギュラーコメンテーターとして出演するなど、テレビやラジオを通じて分かりやすい言葉で経済や社会問題を解説し、幅広い視聴者に影響を与えました。また、社会的な発言も積極的に行い、「九条の会」の関連組織である「マスコミ九条の会」の呼びかけ人の一人となるなど、護憲の立場からの活動にも関与しました。さらに、日本政府による対韓輸出管理強化に反対する声明「韓国は「敵」なのか」の呼びかけ人にも名を連ねるなど、政治的な問題についても明確な姿勢を示しました。

思想と主張

内橋氏の評論活動は、日本の経済や社会構造に対する批判的な視点と、あるべき姿を模索する建設的な提言が特徴です。初期の代表作である『匠の時代』では、高度経済成長を陰で支えた名もなき現場の技術者たちに光を当て、その高い技術力と職人気質を描写しました。これは、華やかな大企業やマクロ経済指標だけでなく、人間の営みとしての経済を重視する彼の姿勢を示すものでした。

しかし、その一方で、日本の技術力に対する過信にも警鐘を鳴らしました。『「技術一流国」ニッポンの神話』では、一見盤石に見えた日本の技術立国が、大量生産・大量消費を前提とした「量産効果」への過度な依存という構造的な弱点を抱えていることを指摘。当時の技術評論家や経済評論家の楽観論を批判しました。

バブル崩壊後、「改革」の名の下に進められた市場原理主義的な政策に対しては、特に強い懸念を表明しました。アメリカ流の「聖域なき構造改革」が、競争に敗れた人々や社会的に弱い立場にある人々にそのコストを押し付けかねないとして厳しく批判。「剥き出しの市場原理主義」が社会にもたらす分断や不安定化に対して、いち早く警鐘を鳴らし、それに対抗する思想を展開しました。

晩年には、市場原理主義とは異なる新しい経済社会のあり方として、「多元的経済社会」を提唱しました。これは、営利目的だけでなく、地域社会への貢献や人間的なつながりを重視する市民事業や協同組合といった形態を組み合わせて、多様な価値観に基づく経済活動が共存する社会を目指すという考え方です。競争だけでなく共生を重んじるこの思想は、現代社会が直面する様々な課題に対するオルタナティブな解決策として、今なお重要な意味を持っています。

著作活動

内橋克人氏の著作は非常に多岐にわたり、その数は膨大です。初期の企業論や技術論から、『恐慌 サラリーマン恐怖時代』のような社会派ルポ、そして市場原理主義批判や共生経済論へと主題は広がりました。代表作としては、『匠の時代』シリーズ、『「技術一流国」ニッポンの神話』、『共生の大地』、『悪夢のサイクル ネオリベラリズム循環』、『共生経済が始まる』などが挙げられます。共著や編著も多く、佐高信氏や奥村宏氏、宇沢弘文氏といった論客との共同作業を通じて、問題提起や提言を行いました。

彼の著作は、単なる経済分析に留まらず、人間の尊厳や社会全体の幸福を問い直す視点に貫かれており、多くの読者に影響を与え続けています。

影響と評価

内橋克人氏は、マスメディアの第一線で活躍しながらも、安易な専門用語に頼らず、平易な言葉で複雑な社会経済構造を解き明かしました。特に、市場原理主義の行き過ぎに対して一貫して批判的な立場を取り、資本主義の「常識」を問い直す彼の視点は、主流派経済学や論調とは一線を画し、オルタナティブな経済思想の重要性を広く認識させる上で大きな役割を果たしました。彼の提唱した「共生経済」や「多元的経済社会」といった概念は、持続可能で人間的な社会を希求する人々にとって、今なお重要な指針となっています。

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