内田実

内田実（1873年9月-1945年1月7日）は、実業家として活動する傍ら、歌川広重の研究家、そして熱心な蒐集家としても名を馳せました。島根県松江市で生まれ、内田家は松江松平家の家臣である三谷家に仕えていました。旧制の島根県立松江中学校在学中には、千島探検隊に加わることを志し上京しています。

日清戦争終結後には台湾総督府に職を得、その後、実業界へ転身。日露戦争開戦後には朝鮮半島に渡り、京城にて生気嶺泥土石炭株式会社の取締役を務めました。その後、大阪府で神霊の研究にも従事するなど、多岐にわたる活動を行いました。晩年は千葉県船橋市で病没。実弟には中国史研究者の加藤繁がいます。

広重研究と『広重』の刊行

内田が広重研究に足を踏み入れたのは、1912年（大正元年）のことでした。内田家にあった保永堂版東海道五十三次の平塚の絵に感銘を受けたことがきっかけとなり、広重の作品を収集するようになりました。当時、広重の錦絵は他の浮世絵師の作品に比べて比較的安価だったことも、コレクションを始める上で後押しとなりました。長年の収集と研究の集大成として、1930年（昭和5年）に600ページを超える大著『広重』（通称：内田本）を岩波書店から出版。その功績が認められ、翌年の1931年（昭和6年）には朝日賞を受賞しました。

『内田本』の意義と評価

『内田本』は、広重の生涯を多角的に検証し、内田自身のコレクションを基に広重作品を網羅的に取り扱った、当時としては画期的な研究書でした。1970年（昭和45年）に鈴木重三の『広重』が出版されるまでの約40年間、広重研究において最も重要な日本語文献として重んじられました。

丹波恒夫は『内田本』を高く評価しましたが、一方で林美一、鈴木重三、永田生慈らは、内田の業績に敬意を表しつつも、その記述を批判的に検討しました。その結果、広重の家系に関する「安藤家由緒書」（1866年）に登場する「安藤鉄蔵」が広重本人であることが判明したり、東海道五十三次制作時の広重の上洛を否定する説が浮上するなど、新たな知見が発見されるきっかけとなりました。

小島烏水との論争

1914年（大正3年）に『浮世絵と風景画』（通称：烏水本）を出版した小島烏水は、『内田本』において、内田が自身の説をあたかも自説のように取り入れ、一方で、烏水本刊行後に覆された自身の説に限って名指しで批判したとして、内田の態度を非難しました。林美一や鈴木重三もこの点において烏水に同調し、内田の著作姿勢を批判しました。

その他の著作

内田は『広重』以外にも、美術雑誌などに広重に関する論文を発表しています。

1917年：「広重忌に際して」『研精美術』120号
1917年：「広重の自然観と彼の人格」『浮世絵』29号
1930年：「『広重』を出版するまで」『浮世絵志』19号
1942年：「広重の芸術」『日本美術の鑑賞-近代篇』

これらの著作は、『広重』と共に、彼の広重研究への情熱と貢献を示す貴重な資料となっています。

内田実は、その実業家としての顔だけでなく、広重研究の第一人者としての功績も忘れてはならないでしょう。彼の研究は、今日の広重研究においても重要な礎となっています。

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