写生文

写生文とは

写生文とは、正岡子規が提唱した、対象をありのままに描写する文章のことです。西洋絵画の写生（スケッチ）の概念を応用し、俳句・短歌の近代化を目指す中で、散文にも同じ手法を取り入れました。

子規や高浜虚子らによって『ホトトギス』を中心に発展し、近代的な日本語による散文の創出に大きく貢献しました。

写生文の歴史

成立

写生文の始まりは、1898年10月に『ホトトギス』に掲載された高浜虚子の「浅草寺のくさぐさ」や正岡子規の「小園の記」「土達磨を毀つ辞」などと言われています。

これらの随筆は、『ホトトギス』が虚子の経営となり、発行所が東京に移って最初の号に掲載されました。子規と虚子が互いに相談し、新しい俳文を作るという意識のもとで書かれたと考えられています。

「浅草寺のくさぐさ」は、虚子が実際に浅草寺の境内を観察し、その情景を文章で描写したものであり、「小園の記」は子規が自宅の庭の様子を描いた随想です。当時はまだ文語体で書かれていましたが、言文一致運動が再び活発になり始めた時期であり、子規も口語体が事物描写に適していることを認め、間もなく口語体による写生文が掲載されるようになりました。

当初は「美文」「小品文」「叙事文」などと呼ばれていましたが、子規の晩年頃に「写生文」という名称が定着しました。

1900年1月からは『日本』紙に子規の文章論「叙事文」が掲載され、「ありのまま見たるまゝに」描写することの重要性を説きました。また、病床の子規を囲んで文章会「山会」が開かれ、互いに文章を練るようになりました。

波及

初期の写生文の主な寄稿者には、子規・虚子の他に、河東碧梧桐、内藤鳴雪、坂本四方太、松瀬青々、寒川鼠骨などがいました。特に鼠骨は、投獄体験をもとに書いた「新囚人」が子規に激賞され、写生文の名を高めました。

子規の没後には、写生文に関する書籍が相次いで刊行され、写生文運動は世の中に広まっていきました。

『ホトトギス』では、一般読者から短文を募集し、『寒玉集』として出版もされました。その後、日記文の募集に変更され、教師や学生、会社員など多様な人々が寄稿し、写生文運動の広がりを示しました。

夏目漱石は、写生文の影響下で『吾輩は猫である』を執筆し、小説家としてデビューしました。漱石は写生文の特徴から「余裕派」という概念を生み出しました。伊藤左千夫や長塚節なども写生文運動の影響を受け、「写生文派」と呼ばれました。

明治40年代からは、写生文は高等教育における作文指導に取り入れられ、小学校の作文教育にも広まりました。

写生文の特徴

写生文は、事実を飾りなく書き連ねることで、読者に書き手の体験を追体験させることを可能にしました。美文の型から解放され、話し言葉に近い新しい文体であり、万人が使用できる汎用性を持っていました。

子規は、「読者を飽きさせないように書く」ことも重視し、書くべき事柄を取捨選択すべきであるとしました。題材は日常の瑣末な出来事に限られ、報道の素材となるような大事件や劇的な出来事は避けられる傾向にありました。

漱石は、写生文を「大人が小供〔ママ〕を視るの態度」によって書かれた文章であると概括し、描写対象と一定の距離を置くことを特徴としました。

写生文の評価

柳田国男は、子規が「文章と生活との結合」を実現したとして写生文を高く評価しました。しかし、一般の文学者の間では長く写生文の価値が理解されず、昭和の半ばに福田清人や北住敏夫の研究によって、その文学史における重要性が広く認められるようになりました。

司馬遼太郎は、子規を誰もが使える共通性を持つ文章語を創造した文学者として評価しました。

柄谷行人は、写生文を日本語に差異化と多様性をもたらしたものとして論じました。

写生文は、日本の近代文学に大きな影響を与え、現代の文章表現にもその影響を残しています。

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