分部光謙

分部光謙：華族、競馬王、そして信仰者―波乱の生涯

分部光謙は、明治時代の日本を駆け抜けた、異色の貴族です。近江国大溝藩の最後の知藩事として短い期間ながらもその地位にありましたが、その後は想像を超える転身を遂げます。華やかな社交界、競馬界での活躍、そして晩年の信仰生活と、彼の生涯はドラマチックな出来事に満ち溢れています。

大溝藩最後の知事：幼少期と藩の終焉

1862年、大溝藩主・分部光貞の次男として生まれた光謙は、9歳で家督を相続します。しかし、その時点ですでに版籍奉還は完了しており、大溝藩は多額の負債を抱え財政破綻寸前でした。わずか1年足らずで知藩事を辞任し、大溝藩は廃藩を迎えます。幼いながら藩の終焉を目の当たりにした経験は、光謙のその後の人生に少なからず影響を与えたことでしょう。

競馬への傾倒と華族としての転落

その後、光謙は東京へ移り、学習院で学びました。華族令により子爵の爵位を授けられ、鹿鳴館時代には社交界で活躍します。しかし、光謙は競馬にのめり込みます。当時最強と謳われた名馬「岩川」を始め、多くの競走馬を所有し、自ら騎手として活躍するほどの熱狂ぶりでした。日本の競馬界において、光謙は個人馬主として最大規模を誇り、その存在感は圧倒的でした。

彼は自ら賞金を出して特別レースを開催するなど、競馬界に多大な貢献をしました。東北地方へ共同競馬会社の籤馬の購入に出張するなど、その活動は多岐に渡ります。1886年には横浜競馬場で開催された婦人財嚢競走で、日本人初の勝利騎手という栄光を手にしています。しかし、この競馬への傾倒が災いし、家産を浪費したとして、1902年には子爵位を返上せざるを得なくなりました。彼は収監も経験するなど、どん底を味わいます。

晩年の信仰と新たな人生

獄中での聖書との出会いは、光謙の人生観を一変させました。内村鑑三の著作にも触れ、信仰へと導かれることになります。その後、旧領地である大溝（現在の滋賀県高島市）に戻り、聖書研究会や英語塾を開設しました。この聖書研究会は後に「日本聖公会大溝講義所」へと発展し、多くの信者を育成しました。しかしながら、高島地方における反キリスト教運動の高まりにより、集会は衰退の一途を辿ります。それでも、光謙は信仰を貫き通し、日本基督教団大溝教会の創立に貢献しました。

「最後の藩主」という称号

光謙は、藩主および知藩事の地位にあった人物として、昭和時代にまで生き延びた最後の人物でした。しかし、「最後の藩主」という称号をめぐっては、議論の余地があります。光謙が家督を相続したのは版籍奉還後であり、知藩事在職期間も短かったこと、また廃藩置県前に免職されている点が、その称号にふさわしくないとする意見もあります。他の藩主との比較においても、光謙の在職期間や政治的活動の程度には差が見られます。

結論

分部光謙は、華族としての華やかな側面と、競馬への情熱、そして晩年の信仰という、三つの異なる顔を持つ人物でした。彼の生涯は、成功と挫折、栄光と苦難が複雑に絡み合った、波乱に満ちたものと言えるでしょう。大溝藩という歴史の一断面を担った人物として、そして近代日本の激動期を生きた一人の人間として、彼の物語はこれからも人々の記憶に残るはずです。

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