別本

源氏物語における「別本」：多様な写本と本文の謎

源氏物語の写本は数多く存在し、その本文には微妙な差異が見られます。これら写本を整理する上で重要な概念の一つに「別本」があります。これは、著名な系統である青表紙本や河内本に分類されない写本、あるいはそれらの写本から伝わる本文を指します。

「別本」概念の誕生と定義

「別本」という用語は、池田亀鑑が1942年刊行の『校異源氏物語』で初めて用いました。その後、『源氏物語大成』などでも採用され、広く普及するようになりました。しかしながら、「別本」は青表紙本や河内本のような明確な系統を成すものではなく、便宜的な分類用語です。様々な写本を包括的に指すため、系統や性格に共通点があるわけではありません。池田亀鑑自身も、「別本系統」という表現は誤りだとし、更なる研究と分類整理の必要性を訴えていました。

別本の種類：多様な本文系統

池田亀鑑は別本を以下の3種類に分類しました。しかし、実際には、青表紙本にも河内本にも該当しないものの、その性格が不明な写本も多いのが現状です。

1. 古伝本系別本

青表紙本や河内本が成立する以前の本文系統を伝える写本です。書写年代ではなく、その写本の原型となった写本の性格によって分類されます。従一位麗子本など、古くから存在した写本はもちろん、江戸時代に書写されたものでも、原型が古伝本系であれば、この分類に属します。

2. 混成本文系別本

青表紙本、河内本、古伝本などの複数の本文系統が混ざった写本です。混成の原因としては、異なる系統の本文を校合したり、欠損部分を他の写本で補ったりしたことが考えられます。青表紙本と河内本、青表紙本と古伝本、河内本と古伝本など、様々な組み合わせが存在します。

3. 注釈的本文系別本

絵詞、古註釈、古系図などに引用されている本文です。通常の写本とは異なり、何らかの意図で改変されている可能性があるため、別途分類されています。

別の分類：二分類説

阿部秋生は、青表紙本を古伝本系別本の一つと捉え、源氏物語の本文を「河内本系統」と「別本系統（青表紙本を含む）」の二系統に分類する二分類説を提唱しました。これは、青表紙本が古伝本系の写本を忠実に写したものだと仮定した場合に成り立つ考え方です。

代表的な別本写本

多くの別本写本が存在しますが、特に有名なものをいくつか紹介します。これらの写本は、本文の研究に貴重な資料となっています。それぞれの写本には、書写年代、本文の系統、特徴などが異なり、源氏物語本文の多様性を示す重要な証拠となっています。

陽明文庫本: 鎌倉中期から江戸時代の書写。重要文化財指定。
国冬本: 江戸時代の豪華な装丁。錯簡（ページの順番が間違っていること）が多い。
阿里莫本: 雲隠六帖を含む全60帖。青表紙本、河内本、別本の本文が混在。
麦生本: 天正十五年の書写とされる。
穂久邇文庫本、御物本: 鎌倉時代中期の書写。混成本。
桃園文庫本: 東海大学桃園文庫所蔵。
東京大学本: 室町時代中期の書写。
鶴見大学本: 室町時代末期の書写。
中京大学本: 麦生本、阿里莫本と同系統の本文を持つ。
日本大学本: 室町時代の写本。
飯島本: 冷泉為和の書写とされる。
甲南女子大本: 藤原為家の書写とされる。
大沢本: 54帖中28帖が別本。
保坂本: 青表紙本、河内本、別本の本文が混在し、校合や訂正も多い。

研究のための校異本

「別本」を含む様々な源氏物語写本の本文の異同を研究するために、多くの校異本が刊行されています。

『源氏物語大成 校異篇』
『源氏物語別本集成』
* 『源氏物語別本集成 続』

まとめ

「別本」は、源氏物語研究において欠かせない概念です。その多様性と複雑性は、作品の歴史や伝承過程を理解する上で重要な手がかりとなります。今後も、新たな写本の発見や研究の進展によって、「別本」に関する理解はさらに深まっていくでしょう。

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