勧農

勧農（かんのう）とは

勧農とは、支配者が農業の振興・奨励を目的として行う民政施策のことです。元々は中国古典の『勧課農桑』という言葉が由来で、儒教的な農本主義に基づいています。現代では「農業政策」という言葉が一般的ですが、勧農は日本史において重要な意味を持つ用語です。

勧農の概念と内容

勧農は非常に広い概念を包含しており、具体的には以下のようなものが挙げられます。

灌漑用水の整備・維持
種子・肥料の貸与・給付（出挙を含む）
耕地の配分
農業労働力の組織編成
荒廃地の開発
税率の上下調整

これらの施策は、農民の生産意欲を高め、農業生産の拡大を促すことを目的としていました。同時に、国家にとっては租税収入の確保にも繋がる重要な政策でした。

日本における勧農の歴史

古代

弥生時代から、地方豪族が開墾や水利工事、災害復旧などを主導しました。これにより農業生産力が向上し、人口増加を支えました。

律令時代には、国司が勧農の職務を担い、様々な施策を実施しました。区分田の不足に対応するため、良田百万町歩開墾計画も行われました。しかし、律令制本来の制度では農業生産力増大の仕組みが不十分であり、墾田の永代所有を認めるように転換しました。

荘園制

平安時代中期に律令制が崩壊すると、荘園・国衙領を支配単位とする体制が確立し、勧農の内容も変化しました。荘園では年貢徴収を指して勧農と呼ぶ例も見られました。荘園領主は名主を任命し、荘園の経営安定化を図りました。一方、在地領主は灌漑用水の開発や私営田の耕作などを通して、地域への支配力を強めていきました。鎌倉時代には、勧農権を巡る荘園領主と在地領主の対立が頻発し、勧農権は現地の実効支配を意味するようになりました。

江戸時代

江戸時代には社会が安定し、武士は儒教精神に基づく仁政を志向しました。領主は農民を育成するため、年貢の収奪だけでなく、新田開発などの勧農施策を積極的に行いました。特に寛永の大飢饉以降、領主層は生産収入確保のため、新田開発を奨励しました。その結果、耕地面積は大幅に増加しました。江戸中期には農村の疲弊が見られましたが、幕府は農村復興のため、灌漑用水の整備や荒廃地の開発、資金融資などを実施しました。徳川吉宗は青木昆陽に命じ、甘藷（サツマイモ）の栽培を奨励し、飢饉対策を行いました。

明治時代

明治時代には、明治政府は地租改正や田畑永代売買禁止令の廃止を行い、寄生地主制が進展しました。内務省や農商務省が勧農政策を推進し、蝦夷地（北海道）の開拓を奨励しました。また、労働力過剰のため、海外への移民を奨励し、移民先での原野開拓を支援しました。農事巡回教師制度も発足し、在来農法を尊重しつつ、西洋農法を取り入れる試みも行われました。

大正・昭和時代

大正時代には、「勧農」に代わって「農業政策」という言葉が使われるようになります。農林水産省は小農主義・自作農主義を掲げ、農産物の価格安定策を実施しました。第二次世界大戦中、満州国には満蒙開拓団が渡り、広大な農地を耕しました。戦後、GHQの主導で農地改革が行われ、小作農の解放が図られました。また、農業協同組合が発足し、農業指導や流通支援などが行われました。経済成長期には、土地改良法に基づき、灌漑排水設備の整備や農道の整備、圃場整備などが行われました。食糧増産を目的とした干拓事業も盛んに行われました。

平成時代

平成時代には、農林水産省が発足し、食料・農業・農村基本法が制定されました。海外からの安価な農産物の輸入や食生活の変化により、食糧自給率が低下し、米の消費量も減少しました。農地の有効活用を目指し、農地法の改正も行われました。諫早湾干拓事業を巡っては、自然環境の破壊や漁業被害が問題となり、司法の場で争われています。

勧農から農業政策へ

「勧農」という言葉は、時代とともに「農業政策」という言葉に取って代わられましたが、その根底にある農業を奨励し、食料を確保するという目的は変わっていません。歴史を振り返ることで、現代の農業政策の課題や方向性が見えてくるかもしれません。

関連項目

荘園
地頭
新田開発
干拓
* 農業政策

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