北井一夫

写真家 北井一夫：抵抗から原風景へのまなざし

北井一夫（1944年生まれ）は、日本の社会と人々の姿を半世紀以上にわたり記録し続けている写真家です。彼の作品は、初期の社会運動を捉えたルポルタージュから、失われゆく日本の農村風景を写した作品、そして新興住宅地の日常を切り取ったものまで、多岐にわたります。常に時代と向き合いながら、その作風を変化させてきた北井ですが、その根底には、いつかどこかで見たような懐かしい風景への想いが一貫して流れています。

社会への抵抗から写真家としてのスタート

北井の写真は、1960年代の学生運動、特に横須賀港への原子力潜水艦寄港反対闘争をテーマにした写真集『抵抗』から始まりました。彼は自ら「私の写真は『抵抗』を撮ったことからはじまった」と語っています。この作品では、社会や写真の秩序への反抗を試み、手ぶれやピンボケ、粗粒子といった、あえて「ダメ写真」とも言える表現を用いることで、社会の矛盾や若者のエネルギーを表現しました。

1960年代後半には、全共闘運動が全国の大学で展開され、北井は日本大学芸術学部の校舎がバリケード封鎖される様子を4ヶ月間記録しました。ストライキ学生たちと寝食を共にすることで、非日常空間が日常へと変化していく様子を捉え、社会の変革を求める若者たちの熱気を伝えています。

農村へのまなざし

1970年代に入ると、北井は都市ではなく、経済成長とともに崩壊に向かう日本の農村に目を向け始めます。新東京国際空港（現・成田国際空港）建設反対闘争を取材した『三里塚』などの作品を通じて、農村の人々の生活や風景を記録しました。都会を目指して村を捨てる人々、出稼ぎで活気のない村の風景を写す中で、北井は自身の幼少期の記憶と重ね合わせ、失われた過去を呼び起こそうとしました。

写真集『村へ』や、漫画家つげ義春らとの下北半島や国東半島への撮影旅行を通じて、日本の原風景や昭和の日本人の姿を捉え、都市化が進む社会の中で忘れ去られようとしていた「村」の価値を再認識させました。また、北京を撮影した写真集を発表したり、中国の写真家を日本に紹介するなど、国際的な交流にも積極的に取り組みました。

日常への眼差しと共感

北井の作品は、どんなテーマであれ、そこに内在する「日常」に目を向け、内側からの視点で表現されている点が特徴です。社会の大きな動きから、人々の何気ない日常まで、彼は常に人間への温かい眼差しを忘れず、その瞬間を切り取ります。その作品は、激動の社会の中で個としての存在価値を模索する現代人に、深い共感と感動を与え続けています。

写真集と受賞歴

北井は数多くの写真集を発表しており、代表作には『抵抗』、『三里塚』、『村へ』、『いつか見た風景』などがあります。1976年には第1回木村伊兵衛写真賞を受賞し、2013年には日本写真協会賞作家賞を受賞するなど、その功績は高く評価されています。

略歴

1944年：中国遼寧省鞍山市生まれ
1965年：日本大学芸術学部写真学科中退、写真集『抵抗』を自費出版
1971年：『つげ義春流れ雲旅』刊行
2012年：東京都写真美術館で個展開催
2014年：北井一夫写真展「COLORいつか見た風景」開催
2014年：ドキュメンタリー映画『三里塚に生きる』で撮影を担当
2015年：写真集『抵抗 カラー補足版』完成
2016年：写真集『流れ雲旅』刊行
* 2017年：ドキュメンタリー映画『三里塚のイカロス』で写真を担当

北井一夫は、社会の変化を敏感に捉えながら、常に新しい表現を追求し続ける写真家です。彼の作品は、過去と現在、そして未来へと繋がる、普遍的な価値を持つドキュメントとして、私たちの心に深く刻まれています。

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