千日回峰行 (比叡山)

千日回峰行

概要

滋賀県と京都府にまたがる比叡山を舞台に行われる千日回峰行は、天台宗における最も厳格な修行の一つです。その名前から「千日」と称されますが、実際に山中を巡る日数は975日に及びます。この行は、悟りの境地に到達するためではなく、それに一歩でも近づくために自らに課す鍛錬として位置づけられています。この途方もない修行を満行した者は、「北嶺大先達大行満大阿闍梨（ほくりょうだいせんだったいぎょうまんだいあじゃり）」という特別な称号で敬われます。

回峰行に挑むことを志す者は、まず先達から厳しい戒律と詳細な作法、所作を学びます。その上で「回峰行初百日」を満行し、正式に立候補して先達会議で認められた者のみが、千日回峰行へと進むことを許されます。

全期間は7年間にわたります。修行者は比叡の峰々をひたすら歩き続けます。
1年目から3年目までは、毎年100日間、連続して山を巡ります。
4年目と5年目には、修行日数が増え、毎年200日間、連続して比叡の山中を歩みます。

日々の行程は深夜に始まります。無動寺での勤行を終えた後、深夜2時に出発。未だ開き切らない蓮の葉をかたどった笠をかぶり、白装束に草鞋履きという姿で、ひたすらに真言を唱えながら進みます。東塔、西塔、横川といった比叡山の主要な区域に加え、麓の日吉大社など、合計260箇所にも及ぶ聖地を礼拝しながら巡拝します。この一日の行程は約30kmにも及び、これを平均6時間かけて踏破します。

この修行には、途中で行を断念した場合、自らの命を絶たねばならないという極めて厳重な掟が存在します。そのため、行者は常にその覚悟を示す「死出紐」をはじめ、煩悩を断ち切る象徴としての降魔の剣（短剣）、さらには三途の川の渡り賃とされる六文銭と埋葬料を身につけています。これは、一切の退路を断ち、ただ前進する覚悟を促すものです。

堂入り（どういり）

千日回峰行の中でも、特に過酷とされるのが、5年目の700日を満行した後に待ち受ける「堂入り」です。この行に入る前、行者は世俗との一切の繋がりを断ち切る象徴として、自身の「生き葬式」を執り行います。

堂入りは、無動寺の明王堂で行われ、足かけ9日間にわたり、究極的な断食、断水、不眠、不臥という四無行に身を置きます。この期間中、明王堂には五色の幔幕が張られ、外部との接触は完全に遮断されます。行者は一日に三度の勤行を行う以外は、ひたすらに不動明王の真言を唱え続けます。ただし、毎日深夜2時には堂を出て、近くにある闍伽井から闍伽水（仏に供える清浄な水）を汲み、堂内の不動明王に供えることだけが許されます。この水汲み以外は、堂の中で10万遍にも及ぶ不動真言を唱え続けることになります。

この極限の四無行を満行し、「堂さがり」を果たした行者は、生身の不動明王そのものとも称される阿闍梨となります。堂から出た行者は、待ち受けていた信者たちの合掌によって迎えられます。これ以降、行者の修行は、自らの悟りのための自利行から、苦悩する衆生を救済するための利他行へとその性質を変えていきます。

満行後の行程

堂入りを終えた6年目には、それまでの比叡山中の行程に加え、京都市内にある赤山禅院への往復が加わります。これにより、一日の行程は約60kmにもなります。この長大な距離を100日間にわたり歩み続けます。

7年目の修行期間は200日間です。このうち前半の100日間は、全行程約84kmにも及ぶ「京都大回り」と呼ばれる、さらに大規模な巡拝路を歩みます。そして、後半の100日間は、再び比叡山中の約30kmの行程へと戻り、千日回峰行の最終盤を迎えます。

千日回峰行を満行した阿闍梨には、特別に京都御所への土足参内が許され、そこで加持祈祷を行います。これは通常許されないことですが、回峰行を創始したとされる相応和尚が、草鞋履きのまま御所に参内した際に、文徳天皇の女御や清和天皇の后の病気が癒えたという伝承に由来すると言われています。

十万枚大護摩供（じゅうまんまいおおごまく）

千日回峰行を見事に満行した阿闍梨には、さらに「十万枚大護摩供」という荒行を行う資格が与えられます。この行は、8日間にわたり再び断食、断水、不眠、不臥の状態で、10万本以上もの護摩木を燃やし尽くす壮絶な修行です。そのあまりの厳しさから、俗に「火あぶり地獄」と称されることもあります。

この大護摩供に臨むにあたっても、厳しい前行が課せられます。行者は、不動明王に供えるための五穀（米、大豆、小豆、大麦、小麦）と塩を100日間一切摂取しないという修行を行います。また、堂入り前と同様に、入行前には「生き葬式」を執り行い、一切の執着を断ち切ってこの荒行に臨みます。

歴史と達成者

千日回峰行は、平安時代に相応和尚によって始められたと伝えられています。その長い歴史の中で、この極めて厳しい修行を満行した者は数えるほどしかいません。比叡山延暦寺の焼き討ちにより、古い時代の史料は失われていますが、近現代において多くの行者がこの道に挑み、満行を遂げてきました。

この千日回峰行を二度満行した「二千日回峰行者」は、過去に三人、三度満行した「三千日回峰行者」は一人しか存在しません。著名な達成者としては、二度満行を果たした酒井雄哉師などがいます。

満行を果たした阿闍梨たちは、比叡山の厳しい修行を通じて得た境地をもって、人々の救済に尽力しています。

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関連項目

日蓮宗大荒行 - 千日回峰行と共に「世界三大荒行」の一つに数えられます。
金峯山修験本宗 - 比叡山の回峰行を手本とした千日回峰行が、第二次世界大戦後に導入され行われています。

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