日蓮宗大荒行

日蓮宗大荒行

日蓮宗大荒行（にちれんしゅうおおあらぎょう）は、日蓮宗の僧侶が己を極限まで追い込み、精神と肉体を鍛え上げる厳しい修行として知られています。この修行は、千葉県市川市にある遠寿院に設けられる大荒行堂において、毎年11月1日から翌年2月10日までの100日間にわたって行われます。その苛酷さから、比叡山の千日回峰行などと並び、「世界三大荒行」の一つに数えられています。

修行の内容

荒行期間中、修行僧たちは極めて厳しい生活を送ります。一日の始まりは午前2時50分と早く、起床後はまず水行に入ります。この水行は一日に7回も行われ、冬場の寒さの中で身を清めます。食事は午前と午後の2回、いずれも午前5時半に提供されます。食事の内容は基本的にはおかゆと味噌汁のみで、納豆などが付く日もありますが、量は非常に少なく、おかゆに至っては椀の底が見えるほどで、10秒ほどで食べ終えてしまう量だと言われています。就寝時間は午後11時半で、睡眠時間はわずか3時間ほどしか確保できません。睡眠時間、水行、食事の時間を除いたほとんどの時間は、読経に費やされます。定められた法華経の章句を、声を張り上げて繰り返し唱え続けるのです。

修行中の服装は、死装束とも言われる清浄衣を身につけ、足袋を履くことは許されず裸足で過ごします。修行が行われる堂内には暖房設備は一切なく、厳しい寒さの中で修行に励まなければなりません。また、外界との接触は一切遮断され、家族や友人と連絡を取ることはもちろん、テレビや新聞などから情報を得ることも禁止されています。修行僧たちは、こうした極限に近い環境下で、寒さ、飢え、そして睡魔という人間の根源的な苦痛に耐えながら、ひたすらに自己と向き合い、修行に打ち込むのです。

修了とその後の歩み

この100日間の厳しい荒行を無事満了した僧侶には、「修法師（しゅほっし）」という特別な資格が与えられます。この資格を得ることで、日蓮宗に伝わる独特の加持祈祷である「修法」を行うことが可能となります。遠寿院は、この修法の作法や秘伝が記された伝書を代々受け継いでおり、修行中の僧侶に対し、その時の住職が「伝師（でんす）」としてこれらの秘法を伝授します。荒行を修めた回数に応じて、初行、再行、三行、四行、五行と呼ばれ、回数を重ねるごとに、より深い秘法が伝授されていきます。

年間の日程

日蓮宗大荒行は、毎年11月1日に入行式が行われることから始まります。修行僧は鬼子母神堂での式典の後、瑞門と呼ばれる門から大荒行堂へと入ります。100日間の修行期間は、自行の行法（第一段）、儀軌相承（第二段）、木剱相承（第三段）、口伝相承（第四段）の四つの段階に分けられています。特に最初の自行の行法にあたる約35日間は、滅罪のための祈りを捧げる期間であり、この間は外部との面会が一切許されません。年が明けると第三段の木剱相承に入ります。そして、最終日の翌年2月10日に成満式を迎えます。この日、修行僧が入行した瑞門が開かれ、修行僧たちは行堂から出て修法師として初めての法楽加持を一般の参拝者に対して行います。その後、満行式にて伝師から祈祷法許が授与され、成満式は終了となります。修行を終え修法師となった僧侶たちは、2月18日に再び遠寿寺を訪れ、鬼子母神に修行を満了したことの報告を兼ねて水行を行います。

歴史的背景

日蓮宗における荒行の起源は、日蓮上人から京都での布教を託された日像上人が、1293年（永仁元年）にその成就を願って鎌倉の由比ヶ浜で身を清め、一晩に百巻の自我偈を読誦し、翌年2月まで修行したことに始まるとされています。遠寿院においては、1591年（天正19年）から現在につながる100日間の荒行が継承されてきました。現在の修行システムは明治時代に確立されたものですが、過去には修行中の死者や、誤った上下関係による暴力といった問題も発生していました。これを受け、遠寿院では2017年（平成29年）より行堂の改革に着手し、より安全で適切な修行環境の維持に努めています。近年では、新型コロナウイルスの影響で中止されることもありましたが、2023年（令和5年）には3年ぶりに開催され、多くの僧侶がこの伝統的な修行に挑みました。

日蓮宗大荒行は、単に肉体的な苦行に留まらず、精神的な鍛錬、そして日蓮宗の秘法を継承するための重要な儀式であり、修了した僧侶は人々の救済に尽力する修法師として、その後の僧侶生活を送ることになる道を歩むことになります。

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