南里文雄

南里文雄は、1910年に生まれ、1975年に世を去った日本の代表的なジャズ・トランペット奏者です。彼はその卓越した技量から、ジャズの巨人ルイ・アームストロングをして「日本のサッチモ」と言わしめたほどです。日本のジャズ黎明期において、彼は母国のみならず海外でも広く名声を得た数少ない音楽家の一人であり、特に戦前と戦後にかけてはアジアにおけるトランペットの第一人者と目されていました。現在も日本のジャズ界で権威ある賞の一つである「南里文雄賞」は、彼の偉大な功績を記念して創設されたものです。南里には息子もおり、同じくトランペット奏者として活動した南里雄一郎がいます。

彼の波乱に富んだ生涯は、複雑な幼少期から始まりました。1910年、大阪で生まれたとされますが、別の資料では兵庫県神戸市生まれとも記されています。生後間もなく父親を亡くしたため、母親の実家である広島や姉の嫁ぎ先である京都、そして兄が暮らす神戸など、親類縁者を頼り転々としました。神戸の高等小学校を卒業後、1925年に大阪の百貨店、髙島屋が運営していた少年音楽隊に入隊し、音楽の道に進みます。音楽隊解散後、彼は神戸のダンスホールで演奏活動を続け、1928年、19歳で日本のジャズの中心地であった東京へ進出します。

東京では、浅草電気館に出入りしていた井田一郎率いるバンド「第2次チェリーランド」に参加しますが、わずか2ヶ月で脱退。その後、彼はさらなる音楽的探求のため海外へ目を向けます。1929年には中国の上海に渡り、著名なピアニストであるテディ・ウェザーフォードに師事し、ジャズの奥深さを学びました。1932年には船のバンドマンとして太平洋を渡り、アメリカ合衆国サンフランシスコへ足を踏み入れます。

帰国後、同年には東京の溜池にあった有名ダンスホール「フロリダ」で演奏していた菊池滋弥バンドに加入。そして1934年、ついに自身のバンド「南里文雄とホット・ペッパーズ」を結成し、活動を本格化させます。この時期には、人気歌手ディック・ミネのレコーディングにも参加し、その名を広めました。1937年から1940年にかけては、再び海外へ渡り、中国の大連を拠点に活動しました。大連では有名なダンスホール「ペロケ」に進出し、その演奏は多くの人々を魅了しました。この間も、彼はたびたび日本に一時帰国してはレコードの吹き込みを行い、日本のファンとのつながりを保ちました。

第二次世界大戦が激化する中の1944年2月、南里は召集を受け、久留米の第48部隊に衛生兵として入隊。一時期音楽活動から離れることとなります。終戦後、彼は再び音楽への情熱を燃やし、1946年に「第1次ホットペッパーズ」を再結成します。活動の主な舞台は、同年横浜元町に新しくオープンしたダンスホール「クリフサイド」でした。ここで彼は精力的な演奏活動を展開し、日本のジャズシーンの復興に貢献しました。1948年には、後にコメディアンとしても名を馳せるハナ肇や市村俊幸といった新しいメンバーを加えて、「第2次ホットペッパーズ」を再編し、バンドをさらに発展させました。

順調に見えたキャリアでしたが、1953年、南里は視神経萎縮という重い病に見舞われ、失明寸前という危機に直面します。しかし、驚異的な精神力と周囲の支援により、同年8月には奇跡的なカムバックを果たしました。そして、その年の12月には、彼が敬愛するジャズの巨人、ルイ・アームストロングが来日した際に、待望の共演が実現します。これは日本のジャズ史における伝説的な出来事となりました。

その後も南里は活動を続け、1971年には、既に故人となっていたルイ・アームストロングを追悼するイベントで、ボビー・ハケットやクラーク・テリーといった世界のトップトランペッターたちと共演を果たします。1973年には、自身のジャズ生活48周年を記念するリサイタルを開催し、改めてその健在ぶりを示しました。また、音楽活動だけでなく社会貢献にも関心を寄せ、1974年にはベトナム人民支援のためのジャズコンサートを開催するなど、幅広く活動しました。

長年にわたり日本のジャズシーンを牽引してきた南里文雄は、1975年8月4日、惜しまれつつも64歳でこの世を去りました。彼の音楽スタイルは、生涯を通じて主にデキシーランド・ジャズを追求しましたが、戦後の一時期にはモダンジャズのスタイルであるバップにも挑戦するなど、常に新しい音楽にも触れようとする探求心も持ち合わせていました。日本のジャズ史において、南里文雄はその卓越した技術と、国内外で活躍した先駆者としての功績により、不朽の存在として記憶されています。

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