博喩堂

博喩堂：川越藩が育んだ学問の中心

博喩堂（はくゆどう）は、江戸時代に武蔵国川越藩によって開設された藩校であり、藩主である松平斉典の学問への熱意と藩政改革への志が結実した教育機関です。文政8年（1825年）に創立され、藩士の教育と藩の発展に大きく貢献しました。

川越藩における教育の隆盛

江戸時代、川越藩領内では庶民教育が盛んで、多くの寺子屋が存在していました。その数は100を超えるほどであり、地域住民の教育水準の向上に寄与していました。特に、女性の寺子屋師匠である吉田とよ子の存在は特筆に値します。また、古谷村の寺子屋「實相院」のように、室町時代後期から明治時代まで長く続いた寺子屋も存在し、地域社会における教育の重要性を示していました。寺子屋では、読み書き算盤だけでなく、和歌や和算なども教えられていました。城下町である川越には、多くの私塾も存在し、その数は県内最多の17を数えました。中でも、奥貫友山が経営した漢学塾は著名であり、多くの人材を育成しました。また、和算家を育てるための算学塾も存在し、多様な学問が学べる環境が整っていました。

博喩堂の設立と展開

江戸時代中期になると、各藩で藩士教育機関である藩校の開設が広まりました。川越藩では、儒学に熱心であった藩主・松平斉典が、京都から長野豊山を招聘し、藩儒として迎えました。しかし、斉典はこれに満足せず、藩の気風を引き締め、藩財政を立て直すために、藩士の一貫教育機関として藩校「講学所」を開設しました。これが「博喩堂」として知られるようになります。斉典は「好学の名君」として知られており、教育に対する熱意は非常に強いものでした。

川越で生まれ、長野豊山に学んだ藩医・保岡嶺南が藩士の勉学を全面的に支援し、石井択所、朝岡操と共に教授に迎えられました。文政8年（1825年）には、川越藩江戸藩邸の上屋敷に江戸講学所が開設され、文政10年（1827年）には、川越城内西大手門北側に講学所（博喩堂）が開講されました。

特に嶺南は斉典の期待に応え、頼山陽著「日本外史」を校訂し、藩校博喩堂版「校刻日本外史」を出版しました。この「川越版日本外史」は、時代の要請に応えた内容であったため、版を重ね、各藩の藩校で教材として用いられるほどでした。この時の版木は、現在川越市立図書館に保存されています。

斉典は講学所仕法を定め、15歳から40歳までの全ての藩士に博喩堂での勉学を義務付けました。文政12年には、8歳以上の藩士の子弟も対象に加えられ、素読、輪読、会読、詩文会などが盛んに行われました。

越前松平家出身の川越藩主・松平直克は、上野国前橋に前橋藩を立藩し、慶応3年（1867年）に前橋に移封されると、博喩堂も前橋に開講されました。また、松山陣屋の置かれた松山（現在の埼玉県東松山市）にも博喩堂分校が設置されました。松山の博喩堂分校は、現在の東松山市役所付近にあり、「博喩堂」と記された扁額は、東松山市立第一小学校に所蔵されています。しかし、前橋・松山ともに幕末の開講であり、数年の短命に終わりました。

川越には、新たに川越藩に入封した松平康英が、藩校「長善館」を西大手門の北に開講しました。

博喩堂の教育方針

博喩堂の教育方針は、学問を通じて人間としての道を追求し、自己を修養し、他人を治めることを目的としていました。以下に、その主な内容を示します。

学問は人としての道を理解し、実践するためのものであり、徳行が根本であり、文芸はそれに付随するものと考えるべきである。
他人に対して敬意を払い、身分の上下や年齢に関わらず礼儀正しく接し、ふざけたり、傲慢な態度をとることは厳に慎むべきである。
学術においては、孔孟程朱の正統な学問を尊重し、守るべきである。

博喩堂は、川越藩における学問の中心として、多くの人材を育成し、地域社会の発展に大きく貢献しました。その教育理念と実績は、現代においても学ぶべき点が多くあります。

関連項目

松平斉典
川越藩
日本外史

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