原田熊雄

原田 熊雄

原田 熊雄（はらだ くまお）は、明治21年（1888年）1月7日に生まれ、昭和21年（1946年）2月26日に没した、大正から昭和にかけて活躍した華族で政治家です。男爵の爵位を持ち、従三位勲三等の栄典を授けられました。彼は特に、最後の元老である西園寺公望の晩年における重要な側近として知られています。西園寺が政界の中心から離れ、興津に滞在することが多かった時期、原田は文字通り彼の手足となり、各方面からの情報を収集し、また西園寺の意向を政界の要人たちへ伝達する役割を精力的に担いました。その奔走ぶりは「原田男」と称され、政変の度に新聞紙面を賑わせるほどでした。彼の口述による回顧録をまとめた『西園寺公と政局』は、戦前昭和という激動の時代の政治状況を知る上で、現代でも極めて価値の高い史料となっています。

生涯

原田熊雄は、明治21年（1888年）、地質学者である父・原田豊吉と母・照子の長男として東京に生まれました。幼くして父を亡くした後、叔父で洋画家の原田直次郎に引き取られて育ちます。学習院中等科を経て高等科へ進み、京都帝国大学へと進学。この学生時代に、後に政治の中枢を担うことになる近衛文麿や木戸幸一といった華族の子弟たちと親交を深め、これが彼の政治的活動の基盤となる人脈を形成しました。彼はまた、母方がユダヤ系ドイツ人と日本人の血を引くクォーターであり、日本のごく初期の混血華族として知られています。

京都帝国大学を卒業した後の大正5年（1916年）、原田は日本銀行に入行しますが、約6年で退職します。その後、宮内省の嘱託としてヨーロッパ各地を見聞。大正13年（1924年）からは加藤高明内閣で内閣総理大臣秘書官を務めました。

西園寺公望の側近として

大正15年（1926年）7月に住友合資会社に入社した後、同年9月には元老・西園寺公望の私設秘書に就任しました。この人事は、彼が日銀を辞める前から西園寺と親しい近衛や木戸の間で進められていたと言われています。西園寺の秘書となって以来、原田は政党、官僚、軍部、宮中、財閥など、政界の様々な勢力と接触を重ね、あらゆる情報を収集して西園寺に報告する日々を送ります。同時に、西園寺の意向をこれらの各界要人へ伝えることで、元老が掲げた国連協調主義や親英米主義を守るべく奔走しました。昭和6年（1931年）1月には貴族院男爵議員に当選し、死去するまでの15年間、三期にわたり議員を務めました。

激動の昭和期において、原田はいくつかの重要な局面に立ち会います。二・二六事件の際には、自身も反乱部隊に狙われたとされ、自宅からの避難を余儀なくされました。この事件に関する清原康平少尉の手記には、原田を見逃したとする記述がありますが、原田はその時既に西園寺のいる興津へ向かっており、事実とは異なるとされています。

西園寺が昭和15年（1940年）に没した後も、原田は軍部主導の時勢に抵抗を試みます。親英米派と見なされていた彼は、東條内閣打倒を目指し、近衛文麿や吉田茂ら親英米派の重臣たちと連携して秘密裏に終戦工作を進めました。しかし、この計画は憲兵隊の内偵により露見し、「ヨハンセングループ」事件として関係者が検挙され、原田自身も取り調べを受けるなどして計画は頓挫します。その後も終戦に向けた動きを模索しましたが、脳血栓により病に倒れ、政治活動が困難になりました。

終戦間もない昭和21年（1946年）2月26日、療養中の神奈川県大磯町の別邸にて死去しました。享年58。奇しくもその命日は、二・二六事件の発生からちょうど10年後のことでした。墓所は東京都台東区にある谷中霊園の天王寺墓地にあります。

人物と逸話

原田熊雄は、その多忙さからか、しばしばせっかちな一面を見せたと伝えられています。時間を気にしない電話、予告なしの訪問、性急なゴルフプレーなど、その性格を表す逸話は多く、当時の新聞記事には電話機を小脇に抱えて駆け回る姿が風刺的に描かれたものもあり、これは、各界を文字通り駆け回った彼の姿をよく捉えています。

一方で、そそっかしい一面もあり、当初は重要な情報をうっかり漏らしてしまうこともあったため、西園寺から「馬鹿だから秘密は話せぬ」と酷評されたことも一度ならずあったと言います。しかし、その献身的な働きぶりが評価されるにつれて西園寺からの信頼は篤くなり、重要な局面で意見を求められるまでになりました。

京都帝大時代の友人である近衛文麿や木戸幸一とは終生親交が深く、政界においても緊密な関係を築いていました。ある夜、重要な案件を抱え近衛邸を急遽訪ねた際、既に就寝中だという家司の制止を聞かず寝室へ向かうと、近衛が正妻と共に寝ていたという有名な逸話があります。日頃から近衛の女性関係を諫めていた原田は、「馬鹿馬鹿しくなった」と感じ、正妻を部屋から出して自ら近衛の布団に入り、深夜まで話し込んだとされています。

家族・親族

原田家は、父方の祖父に陸軍少将で男爵の原田一道、父に地質学者の原田豊吉、叔父に洋画家の原田直次郎という、多彩な顔ぶれです。母・照子はドイツ人貿易商と日本人女性の娘であり、高田慎蔵の養女となりました。妹の信子は芸術家・有島生馬に嫁ぎ、有島武郎や里見弴とも姻戚関係にあります。妻の英子は子爵・吉川重吉の娘で、彼女の兄弟や妹の夫には吉川元光、吉川重国、和田小六、本多猶一郎、松方勝彦、獅子文六といった顔ぶれが見られます。長女・美智子は勝田主計の息子・勝田龍夫に嫁ぎ、龍夫は後に原田や近衛らの人間模様を描いた『重臣たちの昭和史』を著しています。長男・敬策は、学習院時代に結成したハワイアンバンドで活躍したほか、テニス選手としても知られ、自伝も刊行しています。

彼の残した膨大な口述記録は、単なる回顧録にとどまらず、戦前日本の政治史を研究する上で欠かせない第一級の史料として、今なお高く評価されています。

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