受胎告知 (レオナルド・ダ・ヴィンチ)

レオナルド・ダ・ヴィンチとヴェロッキオによる『受胎告知』：ルネサンス美術の謎めいた傑作

フィレンツェのウフィツィ美術館に所蔵されている『受胎告知』（Annunciazione）は、ルネサンス期の巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチと、その師であるアンドレア・デル・ヴェロッキオが1472年から1475年頃に合作した絵画です。聖書、ルカによる福音書の一節に基づき、大天使ガブリエルが聖母マリアにイエスの受胎を告げる場面が描かれています。この作品は、その制作過程や経緯、そして真の作者をめぐって、長年にわたり多くの議論を巻き起こし、今日に至るまで謎に包まれた部分も少なくありません。

制作の経緯と謎:

『受胎告知』は、当初フィレンツェ近郊の聖バルトロメオオリーヴ山修道院に所蔵されていました。1867年、ウフィツィ美術館が同修道院からこの絵画を入手した際、修道院の記録では、ドメニコ・ギルランダイオの作品とされていました。しかし、1869年、ドイツ人美術史家グスタフ・フリードリヒ・ワーゲンが提唱した鑑定手法に基づき、カール・エドゥアルド・ライプハルトによって、レオナルド・ダ・ヴィンチとヴェロッキオの合作であると鑑定されました。ライプハルトは、当時フィレンツェで活躍していたドイツ人美術研究者の中心人物であり、彼の鑑定は大きな影響力を持っていました。

しかし、レオナルドの作品であることに疑義を呈する美術史家もいました。イタリア人医師で、絵画鑑定に科学的手法を持ち込んだ先駆者であるジョヴァンニ・モレッリもその一人です。にもかかわらず、『受胎告知』がレオナルドとヴェロッキオの合作であるという説は、広く受け入れられてきました。現在でも、この説が最も有力視されています。ただし、同時代の画家であるギルランダイオの作品ではないかという説も根強く残っています。

絵画の細部と二人の画家の作風:

『受胎告知』は、二人の画家の異なる作風が鮮やかに対比された作品です。ガブリエルが手にしている百合の花は、マリアの処女性とフィレンツェの象徴を表しています。ガブリエルの翼は、レオナルドのオリジナルでは鳥の翼を模写したものだったと考えられていますが、後世の修復によって長く伸びた翼に描き直されています。

ヴェロッキオは有鉛絵具を使用し、大胆で力強い筆致で絵を描いています。これに対してレオナルドは無鉛絵具を使用し、柔らかく繊細な筆致で背景とガブリエルを描き上げています。マリアの前に描かれた大理石のテーブルは、ヴェロッキオが同時期に手掛けたフィレンツェのサン・ロレンツォ大聖堂にあるピエロ・ディ・コジモ・デ・メディチの墓碑彫刻を模していると言われています。

一方、マリアの腕の配置や、テーブルとの空間的な関係など、幾つかの点で未熟な表現が見られるのも事実です。これらの点は、当時まだ若かったレオナルドの技術的な未熟さを示唆していると考えられています。しかし、これらの未熟さこそが、この絵画に独特の魅力と歴史的な価値を与えていると言えるでしょう。

日本での展覧会と騒動:

2007年には、日本での貸与展示を巡り、イタリア国民との間で大きな騒動が起こりました。しかし、最終的には東京国立博物館で史上3度目の海外への貸与展示が実現し、約80万人が来場する大盛況となりました。この出来事は、この絵画に対する世界的な関心の高さを改めて示すものでした。

結論:

『受胎告知』は、ルネサンス美術史において重要な位置を占める作品です。レオナルド・ダ・ヴィンチとアンドレア・デル・ヴェロッキオという二人の巨匠の合作である可能性が高いと考えられていますが、制作過程や真の作者に関する謎は、いまだに完全には解明されていません。この作品が持つ神秘的な魅力と歴史的な背景は、これからも多くの人々を魅了し続けることでしょう。

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