古谷惣吉連続殺人事件

1965年（昭和40年）10月から12月にかけて、近畿・九州地方を中心に西日本で発生した連続強盗殺人事件です。主に独居の高齢者8人が犠牲となり、その凶悪性と広範囲にわたる犯行から、警察庁広域重要指定105号事件に指定されました。これは、殺人事件としては初の広域指定であり、「戦後最大規模の広域性・凶悪犯罪」と評されることになりました。

事件の犯人、古谷惣吉は当時51歳。長崎県対馬の出身で、幼少期から複雑な家庭環境に育ちました。4歳で生母と死別、継母との不和、父親の不在といった背景は、彼の後の粗暴な性格形成に影響を与えたと見られています。賭博に溺れる父や冷遇する継母のもとを離れ、伯父に引き取られた後も家出を繰り返し、野宿や放火といった問題行動を起こしました。その後、朝鮮の父のもとへ行ったり、対馬の祖父母、広島の叔母のもとを転々とし、中学校を退学するなど、定住することなく成長しました。

古谷は16歳で窃盗事件を起こして以来、度々服役を重ね、生涯の多くの期間を刑務所で過ごしました。特に1951年（昭和26年）には、福岡県内で共犯者と共に2件の強盗殺人事件に関与しました。この事件では、共犯者の坂本登が主犯と認定され死刑が確定・執行された一方、古谷は犯行への関与が認められたものの、裁判では福岡での事件は共犯者との共謀、八幡での事件は窃盗罪にとどまるとされ、懲役10年の判決が確定しました。後に古谷は、1951年の事件について自身が主犯であったことを示唆する供述をしていますが、既に共犯者は処刑されており、その詳細は解明されないままでした。

約10年の服役を終え、1964年（昭和39年）11月に仮釈放された古谷は、更生保護施設で土木作業に従事します。当初は真面目な態度も見せましたが、間もなく雇主とのトラブルで職を辞し、保護観察中の無断外泊や脅迫事件などを経て、1965年5月には所在不明となり、保護観察が停止されます。

そして、1965年8月から12月にかけて、西日本の各地で連続強盗殺人事件を引き起こしました。犯行は福岡、兵庫、滋賀、京都、大阪の5府県に及び、8人の独居老人が犠牲となりました。犯行の手口には共通点が見られ、主に人里離れた場所に住む独居老人を狙い、警察官などを装って近づき、相手の抵抗を許さず腹部や胸部を殴りつけ、手足を緊縛した上で絞殺する、あるいは凶器で殺害するというものでした。犯行後は金品を奪い、遺体を隠蔽し、玄関を施錠して発覚を遅らせるという周到さも見せています。被害者とは面識がなく、金銭目的が主でしたが、「腹を立てて殺した」といった供述もありました。これらの犯行中、古谷は長距離を徒歩で移動し、旅館などには泊まらなかったため、警察の捜査網をすり抜けることになります。

捜査は当初、各県警が個別に進めていましたが、複数の事件現場で発見された遺留品（ズボン、タバコの吸殻、指紋など）や犯行手口の類似性から関連が疑われるようになり、合同捜査が開始されます。特に、大津事件現場に残された古谷の指紋が決定的な証拠となり、モンタージュ写真や目撃証言から古谷惣吉が犯人として特定され、12月12日に全国に指名手配されました。

その夜、兵庫県西宮市で新たな強盗殺人事件（西宮事件）を犯した直後、古谷は付近を巡回していた警察官によって現行犯逮捕されました。逮捕当初は偽名を使いましたが、指紋照合で身元が判明し、その後の取り調べで一部の事件を自供しました。彼は取り調べに対し非協力的な態度を見せることもありましたが、性格分析に基づく粘り強い捜査により、犯行の全容解明が進められました。

逮捕後、古谷は強盗殺人罪などで起訴され、裁判が始まりました。第一審（神戸地裁）では一部事件の犯意を否認したり、法廷で暴れたり、無罪を主張するなどしましたが、物的証拠や供述調書の信用性が認められ、8件の強盗殺人罪で死刑判決が言い渡されました。控訴審（大阪高裁）、上告審（最高裁）でも古谷や弁護人は犯行事実の誤りや量刑不当などを訴えましたが退けられ、1979年（昭和54年）1月に死刑が確定しました。

死刑確定後、大阪拘置所に収監された古谷は、獄中でも問題行動を起こすことがありました。他の死刑囚に嫉妬して刃傷事件を起こし重傷を負わせましたが、被害者たちの訴追を望まない意向や拘置所側の事情から不起訴となりました。一方で、動物好きの一面を見せたり、自身を逮捕した元刑事との交流を続けたりするなどの側面もあったとされます。

古谷惣吉の死刑は、確定から約6年後の1985年（昭和60年）5月31日、大阪拘置所で執行されました。享年71歳。これは当時の最高齢の死刑執行でした。彼の遺骨は身元引受人がおらず、故郷の親族にも引き取られなかったとされています。

この事件は、被害者が社会の最底辺でひっそり暮らす独居老人であり、わずかな金品のために命を奪われた点、そして犯人が複雑な生い立ちや長期間の服役を経た末に凶行に至った点などから、社会問題の側面も指摘されました。

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