可江集

可江集について

可江集（かこうしゅう）とは、十五代目市村羽左衛門が自ら選定した新作歌舞伎の演目をまとめたものです。しかし、一般的に知られている可江集は、羽左衛門が制定したものとは別に、後年『梨の花演劇誌』や『演劇界』で紹介されたものが広まっています。本稿では、この二つの可江集について、それぞれの成立過程と内容を詳しく解説します。

羽左衛門によって制定された可江集

羽左衛門が可江集を制定したのは、自身の新作上演を目的としていました。その始まりは1921年（大正10年）10月に歌舞伎座で初演された赤星重三郎を「可江集の内」と銘打ったことによります。木村錦花によれば、これはあくまで羽左衛門の新作を対象としたものでした。その後、同会の人々による合作「牛念仏祇園夜話」や、岡本綺堂作の「御影堂心中」が相次いで上演・制定されました。しかし、しばらく新作が書かれることはなく、7年後の1929年（昭和4年）に木村富子作の「住吉物狂」を羽左衛門が気に入り、可江集に追加したに留まりました。

したがって、羽左衛門が制定した可江集は以下の4演目のみです。

赤星重三郎
初演：大正10年10月 歌舞伎座
牛念仏祇園夜話
初演：大正10年11月 市村座
御影堂心中
初演：大正11年2月 新富座
住吉物狂
初演：昭和4年11月 歌舞伎座

「住吉物狂」の制定をもって可江集が完成したのか、それとも羽左衛門の死によって未完に終わったのかは明確ではありません。しかし、戦後の『演劇界』や各種資料では、可江集は未完成であると見なされています。

『梨の花演劇誌』および『演劇界』により新たに制定された可江集

十五代目市村羽左衛門の没後、後継者であった十六代目が急逝したこともあり、可江集に関する新たな動きがないまま時間が経過しました。羽左衛門の死後9年が経過した1954年に出版された『梨の花演劇誌』の「歌舞伎狂言十八番集」に記載されたものが、現在一般的に知られる可江集の元となっています。

執筆者は不明ですが、この可江集は、羽左衛門制定の可江集に触れた上で、あくまで「本物の可江集ではない」と明記した上で、以下の12演目を紹介しています。

この選定には、当時存命していた十五代目の養子である市村吉五郎が関与した形跡はなく、市村家公認のものではありません。あくまで執筆者が、羽左衛門の個性を反映した当たり役を列挙したものです。しかし、この記述が独り歩きし、羽左衛門の死後40年を経た1985年の『演劇界』12月号に掲載された「家の芸一覧」では、こちらが可江集として紹介され、現在ではこちらが可江集として認識されるようになっています。

この可江集の特徴としては、白塗りの二枚目立役や若衆役、調子の良い口跡を聞かせる役、世話物では江戸前の粋でいなせな風情を見せる役が多く、丸本歌舞伎が少ないことが挙げられます。

以下に、この可江集に含まれる12演目を解説します。

石切梶原（いしきりかじわら）
丸本歌舞伎。『梶原平三誉石切』を独立させたもの。十五代目市村羽左衛門は『名橘誉石切』の外題で上演。梶原平三景時が持役。
平家全盛の世に源氏に心を寄せる梶原が、刀を手に入れ挙兵を待つ物語。一人舞台に近い作品で、羽左衛門の容姿と口跡を見せるために上演された。
盛綱陣屋（もりつなじんや）
丸本歌舞伎。『近江源氏先陣館』。佐々木四郎盛綱が持役。
直侍（なおざむらい）
『天衣紛上野初花』の片岡直次郎。
切られ与三郎（きられよさぶろう）
『与話情浮名横櫛』の与三郎。
お祭り左七（おまつりさしち）
『江戸育御祭佐七』のお祭り左七。
富樫（とがし）
『勧進帳』の富樫左衛門。
実盛（さねもり）
『源平布引滝』（実盛物語）の斎藤実盛。
助六（すけろく）
『助六』の花川戸助六。
権八（ごんぱち）
『其小唄夢廓』の白井権八。
御所五郎蔵（ごしょのごろぞう）
『曾我綉侠御所染』の御所五郎蔵。
いがみの権太（いがみのごんた）
『義経千本桜』のいがみの権太。
勘平（かんぺい）
* 『仮名手本忠臣蔵』の早野勘平。

まとめ

可江集は、十五代目市村羽左衛門の芸風を象徴する重要な概念です。羽左衛門自身が選定した4演目と、後年『梨の花演劇誌』や『演劇界』で紹介された12演目の二つが存在し、それぞれ異なる背景と特徴を持っています。これらの可江集を理解することで、羽左衛門の卓越した芸の魅力をより深く知ることができるでしょう。

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