右側に気をつけろ

『右側に気をつけろ』(Soigne ta droite)：ゴダールの17もしくは18景のファンタジー

ジャン＝リュック・ゴダール監督による1987年のフランス・スイス合作映画『右側に気をつけろ』（原題：Soigne ta droite）は、監督自身も「俳優とカメラと録音機のための17もしくは18景のファンタジー」と表現した、実験的で多層的な作品です。映画館の外を歩いている時や空を見上げる時と同じように、理解しようとはせず、ただ感じて観るべきだとゴダールは述べています。

タイトルの『右側に気をつけろ』は、ボクシング用語に由来し、ジャック・タチ主演のルネ・クレマン監督の短編映画『左側に気をつけろ』（Soigne ta gauche）と対をなすものです。この対比は、映画全体に流れる緊張感や相反する要素を象徴していると言えるでしょう。

物語の中心人物は、ゴダール自身演じる「白痴公爵殿下」です。この役柄は、1993年のゴダール作品『子どもたちはロシア風に遊ぶ』にも登場しており、ドストエフスキーの小説『白痴』の主人公ムイシュキン公爵を思わせます。白痴公爵殿下の物語は、映画全体を貫く一種のフレームワークとして機能し、他のエピソードやキャラクターを繋ぎ合わせています。

映画には、ジャン・ラシーヌの戯曲『ベレニス』からの台詞を演じるロランス・マスリアとブリュノ・ヴォルコヴィッチ演じる「古典的な恋する男女」が登場します。このシーンは、1964年のゴダール作品『恋人のいる時間』にも類似した場面があり、過去の作品とのつながりを示唆しています。ミシェル・ガラブリュ演じる提督は乗客にロートレアモン伯爵の『マルドロールの歌』を朗誦させ、ジェーン・バーキンが登場する場面では、ジャン・ド・ラ・フォンテーヌの『寓話』の中の『蟻と蝉』が引用されています。

これらの文学作品からの引用は、単なる装飾ではなく、映画のテーマや雰囲気を豊かに彩る重要な要素となっています。登場人物たちの会話や行動は、これらの文学作品に潜む様々なテーマを反映しており、観客に多様な解釈の余地を与えます。

物語は、白痴公爵殿下の前に突然降りかかる出来事をきっかけに展開します。彼は映画を完成させ、首都に届けるという使命を負い、空港に向かいます。しかし、その道中には様々な出来事が起こり、様々な人々と出会います。ミュージシャンのレ・リタ・ミツコ、提督とその夫人、刑事、そして様々な乗客たち。彼らとの出会いは、白痴公爵殿下の旅路を複雑に、そして興味深いものにします。

空港、旅客機、列車、カフェ、スタジアムなど、様々な場所が舞台となり、それぞれの場所で繰り広げられる出来事は互いに絡み合い、全体として不穏で謎めいた雰囲気を醸し出しています。最終的に、映画はエルドラド座で上映されますが、その結末は観客に解釈を委ねられたままとなります。

『右側に気をつけろ』は、ゴダール監督の他の作品同様、単なる物語ではなく、映像、文学、音楽、そして哲学的な考察が複雑に絡み合った実験的な作品です。その独特のスタイルと多層的な意味は、観客に深い印象を残すことでしょう。 様々な文学作品や、ゴダール自身の過去の作品との関連性、そして、キャストクレジットに男女別に「マドモアゼル」「ムッシュ」と名前が記載されるなど、細部にもゴダール監督のこだわりが見て取れます。

Rotten Tomatoesでの評価は6件のレビューで支持率33%、平均点4.80/10と、評価は分かれるものの、ゴダール作品を知る上で重要な作品の一つと言えるでしょう。ゴダール作品に興味のある方はもちろん、実験的な映画表現を好む方にも強くおすすめできる、刺激的な作品です。

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