司馬興男

司馬興男（しば こうだん、生没年不詳）は、東晋の明帝と庾文君皇后の間に生まれた長女です。皇女として生まれ、当初は遂安県主に封じられましたが、後に南康公主へと位を昇進させました。

その後、東晋の有力者である桓温に嫁ぎました。桓温は軍事的な才能に長け、東晋の政治において重要な役割を果たした人物です。しかし、桓温の庶子である桓玄が簒奪を企て、桓楚を建てた際、司馬興男は既にこの世を去っていました。桓楚成立後、彼女には宣皇后の称号が追贈されています。

司馬興男については、南朝宋の虞通之が著した『妬記』に興味深いエピソードが記されています。桓温が成漢を攻略した後、李勢の妹（または娘という説も）を側室に迎えました。この事を知った司馬興男は激しい嫉妬に駆られ、刀を手に彼女を殺害しようとしました。

その時、李勢の妹は髪を結っており、その長い髪は地面にまで届くほどでした。しかし、司馬興男が殺意をむき出しにしても、李勢の妹は冷静さを保ち、表情一つ変えずに「私の故郷は既に滅びました。ここで命を落とすことなど、大したことではありません」と言い放ちました。

この言葉を聞いた司馬興男は、李勢の妹の覚悟と美しさに心を打たれ、手にしていた刀を捨てて彼女を抱きしめました。「私でさえ、あなたを見て心を動かされたのですから、あの老いぼれ（＝夫の桓温を指す）が心を奪われないはずがないでしょう」と語ったとされています。

このエピソードは、司馬興男の激しい嫉妬深さと同時に、相手の境遇を理解し、共感する心の持ち主であったことを示唆しています。また、桓温の人間性や当時の社会情勢を垣間見ることができる貴重な資料とも言えるでしょう。

司馬興男の生涯は、短い記述ながらも、当時の皇族女性の置かれた立場や、政治的な駆け引き、そして人間の感情の複雑さを感じさせるものとなっています。彼女の人生は、歴史の表舞台にはあまり登場しませんが、そのエピソードを通して、当時の社会や人間関係を深く理解する上で重要な役割を果たしていると言えるでしょう。

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