吉沢英成

日本の経済学者である吉沢英成（よしざわひでなり）氏は、1941年2月17日に東京府で生を受けました。貨幣論や社会経済思想を中心とした研究で知られ、教育者としても長年にわたり教鞭を執るとともに、大学および学園運営の要職を歴任しました。

生涯とキャリア

吉沢氏は、経済学を学ぶため東京大学経済学部に入学し、1964年に同大学を卒業しました。さらに学問を深めるため、同大学院理論経済学専攻の修士課程に進み、1966年にこれを修了しています。研究者としてのキャリアは、1968年に母校である東京大学経済学部の助手としてスタートしました。

1972年からは活動の場を関西に移し、甲南大学経済学部の助教授に就任しました。その後、同学部の教授へと昇進し、教育・研究活動に邁進します。甲南大学では、単に研究者、教育者としてだけでなく、組織運営にも深く関与しました。経済学部長として学部の発展に貢献した後、大学全体の最高責任者である学長を務め、大学の改革や教育の質の向上に尽力しました。

大学の運営にとどまらず、学校法人甲南学園全体の経営にも携わりました。副理事長を経て、2006年からは学園の理事長に就任。2020年までの実に14年間にわたり、甲南学園全体の発展のためにリーダーシップを発揮しました。この長期にわたる在任期間中に、学園の教育基盤の強化や安定した運営体制の構築に重要な役割を果たしたと言えるでしょう。

研究活動と著作

吉沢氏の学術的な業績の中で特筆すべきは、貨幣に関する独創的な研究です。1981年に発表された主著『貨幣と象徴経済社会の原型を求めて』（日本経済新聞社）では、貨幣を単なる経済的なツールとしてだけでなく、社会におけるシンボルや関係性の結節点として捉え直し、経済社会がどのように成立し、維持されてきたかという根源的な問いを探求しました。この著作は学界内外で高く評価され、翌1982年には権威あるサントリー学芸賞を受賞しました。この受賞は、吉沢氏の研究が経済学の枠を超えて広く社会科学に影響を与えるものであることを示すものでした。同書は後にちくま学芸文庫に収められ、多くの読者に読まれる機会を得ています。

また、現代社会が抱える課題にも鋭く切り込んでいます。1989年に筑摩書房から刊行された『マルコニ事件民主主義と金銭』は、過去の具体的な歴史的事例であるマルコニ事件を詳細に分析することで、民主主義体制下における金銭、政治、倫理の複雑な関係性を明らかにした著作です。これは、経済学の知見を歴史学や政治学と融合させた学際的なアプローチを示すものです。

研究対象は現代の情報化社会にも及びます。2002年に以文社から刊行された『情報文明学の構想高度情報化社会と文明の共存』では、編纂者として、急速な情報化が進む社会において文明がどのように変容し、共存の道を探るべきかという「情報文明学」という新たな学問分野の構想を提示しました。これは、経済とテクノロジー、そして社会・文化の関係性を深く考察したものです。

翻訳業績

海外の重要な社会経済思想を日本に紹介する活動にも精力的に取り組みました。特に著名な業績として挙げられるのが、経済人類学者カール・ポラニーの代表作『大転換市場社会の形成と崩壊』の翻訳です。1975年に野口建彦氏、長尾史郎氏、杉村芳美氏との共訳で東洋経済新報社から出版されたこの翻訳は、ポラニーの思想、特に市場経済が「自然なもの」ではなく歴史的に形成されたものであるという視点が日本で広く理解される上で極めて重要な役割を果たしました。現在でもポラニー研究の基礎文献として広く参照されています。

さらに、S.H.フランケルによる貨幣に関する哲学的な考察をまとめた著作、『貨幣の哲学信頼と権力の葛藤』の監訳も手掛けています。この著作は1984年に文真堂から刊行され、貨幣が経済システムだけでなく、社会的な信頼や権力の構造といかに深く結びついているかという問題を提起しています。監訳者として、この難解なテーマを日本の読者に分かりやすく紹介する上で重要な役割を果たしました。

吉沢英成氏は、これらの著作、編纂、翻訳活動を通じて、経済学を社会全体の広い文脈の中に位置づけ、貨幣、市場、社会、情報といった現代社会を理解するための重要な概念について、深い洞察を提供し続けています。

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