吉野拾遺

吉野拾遺（よしのしゅうい）

『吉野拾遺』は、室町時代に成立した南朝（吉野朝廷）関係の説話を収録した文学作品です。この説話集は、二巻本と三巻本の二つの形態が存在し、後者は『芳野拾遺物語』とも呼ばれています。

概要

この作品では、後醍醐天皇と後村上天皇の代における南朝廷の臣下による様々な逸事や歌話が数多く収められています。説話の内容は、発心遁世譚や霊験譚、恋愛譚、怪異譚、復讐譚など多彩であり、興味を引くテーマばかりです。特に、いくつかの説話は『徒然草』や『兼好法師集』、『神皇正統記』、『太平記』などの文献からの引用を元にしており、一部は創作によるものとされています。ただし、戦乱の様子や当時の切迫した政情が描かれているわけではなく、南朝に関する参考史料としての価値が見出されます。特に、二巻本の説話の中では、高師直による弁内侍の強奪を企てた話（上巻9話）や、熊王が楠木正儀への復讐を果たそうとする物語（下巻16話）、さらには兼好が作者を訪れたエピソード（下巻21話）などが注目されます。また、他の作品にも多大な影響を与えたことで知られています。

成立と著者

『吉野拾遺』の成立時期については、後醍醐天皇の崩御後に出家し遁世した松翁という人物が、正平13年（1358年）に自身の見聞を記録したとされています。しかし、一部の和歌が元中元年/至徳元年（1384年）作成の『新後拾遺和歌集』に収められているため、成立自体は室町期の後半にさかのぼると考えられています。松翁の正体については、諸説が存在し、今なおはっきりとは分かっていません。ただし、近年の研究では、彼に仮託して室町後期に作られた可能性が高いとの見解が示されています。

版本について

この作品には、35話を収めた二巻本と、さらに29話を加えた三巻本が存在しています。これらの版本は、表現や話の配列に若干の違いはあるものの、内容自体には大きな差異が見られません。三巻本の増補については明確な時期の同定はされておらず、近世までその成立が下る可能性も指摘されています。両系統の版本は多く存在し、いくつかの翻刻が行われていますが、初期の出版物が大半を占めています。

時代背景と評価

現代において、『吉野拾遺』はあまり評価されていないのが実情です。成立時期や出典についての検討から、この作品が南北朝時代の作品ではないことが明らかになり、説話の価値も否定的に見られることが多いです。しかし、その中には民間伝承に通じるテーマも存在しており、一部の説話には独自の魅力があります。

参考文献

この作品に関する研究は多岐にわたります。小泉弘や横山青娥、岡部周三らが著作を残しており、それぞれが異なる視点から『吉野拾遺』に迫っています。これらの文献は、説話集の理解を深める上で役立ちます。また、『校註吉野拾遺』や『芳野拾遺物語』の翻刻も、現代の読者にアクセスしやすい資料として利用されています。

関連項目

この作品は、曲亭馬琴が「南朝五部書」と称した書の一つとしても知られ、他の作品とも関連が深いです。また、洞院家の関係者が作者とされる説も存在しています。

もう一度検索