君たちはどう生きるか

吉野源三郎が1937年に発表した日本の長編小説、『君たちはどう生きるか』は、時代を超えて読み継がれる古典として知られています。

作品の背景と内容

本書は、山本有三が中心となって企画された少年少女向けの叢書『日本少国民文庫』の一冊として誕生しました。当初は山本自身が執筆する予定でしたが、病により吉野源三郎に託されたと言われています。初版は1937年に新潮社から刊行され、戦後には言葉遣いを改訂した版がポプラ社や岩波書店からも出版されました。新潮社版も版を重ね、長く読み続けられています。

物語の主人公は、旧制中学に通う15歳の少年、本田潤一、通称「コペル君」です。彼は成績優秀で運動も得意、銀行役員だった父をもち、女中がいる恵まれた家庭に育ちました。同級生にも経営者や大学教員、医師の子息が多く、彼らの間で交わされる話題はスキー場や映画館、銀座や避暑地など、当時の上流階級の生活を反映しています。

小説は、コペル君が友人たちと学校生活を送る中で経験する様々な出来事や、彼が世界を観察する過程を描きます。そして各章の終わりに、その日のコペル君の話を聞いた叔父さんが彼に宛てて書いたノートという形式で、作品の主要なテーマが語られます。この叔父のノートでは、「ものの見方」や社会の「構造」、人間関係の「関係性」といった抽象的な概念が、コペル君の具体的な体験と結びつけられながら分かりやすく解説されています。

物語の最後で、コペル君は叔父のノートへの返答として、自らの将来の生き方について決意を書き綴ります。そして語り手が読者に対して「君たちは、どう生きるか」と問いかけ、物語は幕を閉じます。

古典としての評価

本書は、軍国主義による閉塞感が高まる1930年代において、少年少女に自由で進歩的な文化を伝えることを目的とした『日本少国民文庫』の一冊として位置づけられています。児童文学の形を取りながらも、教養教育の古典として、思想や哲学への入り口を提供しました。

政治学者の丸山眞男は、子供であるコペル君が現実を観察し、様々な発見をしていく過程を自然に描く作者の筆致と、叔父の手紙という形で主人公の発見を補完する構成を高く評価しました。また、書名の「君たちはどう生きるか」という問いには、「いかに生きるべきか」という倫理的な側面に加え、どのような社会科学的な認識をもって生きていくかという問題提起が含まれている点を指摘しています。

著者の吉野源三郎自身は、本書を当初は文学作品としてではなく、倫理についての本として構想したと述べています。一方、高田里惠子は、本書が教養主義が盛んだった時代の旧制中学校の生徒向けに書かれた教養論であると分析しています。彼女は、主人公たちの恵まれた家庭環境や高い社会階級に注目し、「君たち」と呼びかけられる主体的な生き方ができる人間が、当時は限られた特権的な男子生徒であったことを指摘しています。

現代への影響と関連作品

現代においても本書は広く読まれており、新たな形で展開されています。2017年には羽賀翔一による漫画版『漫画 君たちはどう生きるか』が刊行され、2018年3月には累計発行部数が200万部を突破するベストセラーとなりました。

また、2023年にはスタジオジブリ制作、宮﨑駿監督による同名のアニメーション映画が公開されました。この映画のタイトルは本書に由来しており、その公開に伴い、岩波文庫版の累計販売部数が長年首位だった『ソクラテスの弁明』を超えて1位になったことが報じられ、改めて多くの人々の注目を集めました。

その他、2018年にはTBS・MBS系列の特番内で約30分のドラマとしても映像化されましたが、これは著者遺族の許可を得ていなかったとされ、後に抗議が行われています。

このように、『君たちはどう生きるか』は発表から長い時を経てもなお、多くの読者に自らの生き方を問い直すきっかけを与え続けている重要な作品です。

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