同一説

同一説：心と脳は同一か？

同一説（Identity theory）は、心の哲学における主要な立場の1つであり、心の状態や思考プロセスは、脳の状態やプロセスそのものであると主張します。しばしば「心＝脳（Mind is Brain）」という形で表現され、心の哲学の分野において、物理主義（物的一元論）の一種として、二元論と対立する文脈で議論されます。

同一説の基本的な考え方

同一説は、私たちが経験する感情、思考、感覚といった心の状態は、脳内の特定の神経活動や物理的な状態と完全に一致すると考えます。つまり、「痛みを感じる」という心の状態は、脳内の特定の神経回路が活性化している状態と同一である、と主張します。この考え方は、心と体が別々の実体であるとする二元論とは根本的に異なります。

同一説の背景

心の哲学における長年の論争の中心には、心身問題があります。これは、心と体（特に脳）がどのように関係しているのかを問う問題です。二元論は、心と体は異なる性質を持つ実体であると主張しますが、物理主義は、心もまた物理的な現象であると捉えます。同一説は、この物理主義の立場をさらに推し進め、心の状態を脳の状態と同一視することで、心身問題に対する一つの解答を提示しようとしました。

同一説に対する批判

同一説は、そのシンプルさゆえに魅力的な理論ですが、多くの批判も受けています。

多重実現可能性の反論: 心の状態は、脳だけでなく、他の物理的なシステム（例えば、コンピューター）でも実現可能である可能性があります。もしそうなら、心の状態を特定の脳の状態と同一視することはできない、という反論です。
クオリアの問題: クオリアとは、私たちが経験する主観的な質（例えば、赤い色を見たときの感覚）のことです。同一説は、クオリアを物理的な状態と同一視できるのか、という問題を抱えています。クオリアは主観的で直接的な経験であるため、客観的な脳の状態として捉えることが難しいという批判があります。

同一説の擁護

これらの批判に対して、同一説を擁護する立場も存在します。彼らは、多重実現可能性は単なる理論的な可能性に過ぎず、現実には心の状態は脳の状態に依存していると主張します。また、クオリアの問題に対しては、クオリアもまた物理的な状態であり、科学的な方法で解明できると主張します。

同一説の意義

同一説は、心身問題に対する一つの重要なアプローチであり、その後の心の哲学の発展に大きな影響を与えました。直接的な形で支持する哲学者は減っているものの、後の機能主義や eliminative materialism （除去主義的唯物論） などの物理主義的なアプローチに影響を与え続けています。

関連用語

同一性

参考文献

米沢克夫「科学的唯物論と意識:心脳同一説の検討」『科学基礎論研究』第12巻第2号、科学基礎論学会、1975年、71-78頁、doi:10.4288/kisoron1954.12.71、ISSN 0022-7668、NAID 130001433632。
鈴木登「クリプキの同一説批判」『哲学』第1984巻第34号、日本哲学会、1984年、173-183頁、doi:10.11439/philosophy1952.1984.173、ISSN 0387-3358、NAID 130003661145。
田所重紀「「空脳論」序説 : 新しいタイプ同一説の試み」『哲学・科学史論叢』第17号、東京大学教養学部哲学・科学史部会、2015年1月、17-39頁、doi:10.15083/00035844、ISSN 13446185、NAID 120005539363。

外部リンク

Identity Theory （英語） - インターネット哲学百科事典「同一説」の項目。
The Identity Theory of Mind （英語） - スタンフォード哲学百科事典「同一説」の項目。
* （文献リスト）Identity Theory （英語） - PhilPapers 「同一説」の文献一覧。

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