物理主義

物理主義：すべては物理的であるか？

物理主義とは、宇宙のあらゆる事象、現象は物理法則によって記述可能な物理的実体から成り立っているという哲学的立場です。机や椅子といった物質的なものだけでなく、心、意識、価値、意味といった、一見非物理的な概念も、最終的には物理的な過程や構造に還元可能であると主張します。

この考え方は、世界を心的なものから成り立っていると考える観念論や、心と物質の二元論と対立します。唯物論と多くの共通点を持つものの、物理学への還元可能性といった点で、必ずしも同一ではありません。論理実証主義者は、全ての科学的命題が物理学に還元可能であるという形で物理主義を主張しました。

物理主義の根幹をなすのは「すべては物理的である」という命題です。この「すべて」と「物理的」という二つの言葉の解釈によって、物理主義には様々なバリエーションが存在します。例えば、「物理的」の定義をどのように定めるかによって、物理主義の範囲は大きく変動します。現代物理学で扱われる実体のみを認める狭義の物理主義から、より広範な解釈も可能です。

心の哲学における物理主義

20世紀初頭、心の哲学において、心は物理的であるか否かが主要な議論となりました。物理主義は、実体二元論やデカルト的な心身二元論（機械の中の幽霊）を批判し、心は脳の物理的な過程によって説明できると主張しました。

その後、志向性（対象に向かう意識）の問題や、20世紀末からの意識の問題（意識のハードプロブレム）が議論の中心となりました。コリン・マッギンの新神秘主義やデイヴィッド・チャーマーズの自然主義的二元論などは、世界が自然法則に従うことを認めながらも、物理主義を批判する立場です。これらの理論は、現在の物理学では現象意識やクオリア（感覚の質）を説明できないと主張します。そのため、日本語ではphysicalismを「物的一元論」と訳したり、ガレン・ストローソンは「物理学主義」と呼ぶべきだと主張するなど、物理主義の解釈には多様な見解があります。

物理主義に対する批判

物理主義に対する批判は、主に現象的意識、主観的体験、クオリアといった意識の主観的な側面を、物理主義の枠組みでは説明できないという点に集中します。代表的な批判として以下のものがあります。

コウモリであるとはどのようなことか（トーマス・ネーゲル）：コウモリの主観的な経験を、人間の視点から完全に理解することは不可能であり、物理的な説明だけでは意識の主観性を捉えきれないという批判。

知識論証（「マリーの部屋」）：世界に関する全ての物理的知識を得たとしても、まだ知らないことが残る、というフランク・ジャクソンの論証。

* ゾンビ論法：物理的には同一だが、現象的意識を欠いた存在（哲学的ゾンビ）を想像できることから、現象的意識は物理的実体と論理的に独立している、というデイヴィッド・チャーマーズの論証。

これらの批判は、物理主義が意識の主観的な側面を適切に説明できないという問題点を指摘しています。物理主義を支持する側は、これらの批判に対して様々な反論を試みていますが、意識のハードプロブレムは依然として未解決の課題として残されています。

行動主義、同一説、機能主義

心の哲学においては、行動主義、同一説、機能主義といった、物理主義と関連する様々な理論が提唱されています。これらの理論は、それぞれ異なるアプローチで心の物理的基盤を説明しようと試みていますが、それぞれに限界も存在します。

まとめ

物理主義は、現代哲学における重要な立場であり、多くの議論を巻き起こしてきました。その定義や解釈には多様性があり、意識の問題を中心に現在も活発に議論されています。物理主義の是非は、今後の科学的知見や哲学的議論によってさらに明らかになっていくでしょう。

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