名取洋之助

名取洋之助：日本の報道写真と編集の開拓者

名取洋之助（1910年9月3日 - 1962年11月23日）は、日本の写真界において、報道写真と編集という二つの分野で画期的な足跡を残した人物です。実業家の三男として東京に生まれた名取は、若くしてドイツへ渡り、そこで培った経験がその後のキャリアを決定づけることになります。

ドイツでの黎明期

慶應義塾普通部で学んだ後、早熟な気質からか成績不振で大学予科への進学が叶わず、父の計らいで18歳を迎える前にワイマール共和政下のドイツへと遊学します。ベルリン滞在中には国立美術工芸学校を通じてバウハウスのデザイン思想に触れ、その影響を受けました。ミュンヘンの美術工芸学校で学びながら、やがて師の経営する手織物工場でデザイナーとして働くようになります。この時期、後に妻となる9歳年上のドイツ人女性、エルナ・メクレンブルクと同棲を開始。エルナが偶然撮影した火災現場の写真を、名取が巧みに組写真として構成し、写真週刊誌に売り込んだところ、高値で採用されたことが写真家としての本格的なキャリアを始めるきっかけとなりました。この成功により、ベルリンの大手出版社の目に留まり、ヨーロッパ最大規模の週刊グラフ誌の契約写真家として活躍。ここで得たフォト・ルポルタージュの手法と編集技術は、帰国後の活動の基盤となります。

日本工房と『NIPPON』の創刊

帰国後、名取は1930年代の日本にドイツで学んだ最先端のフォト・ルポルタージュの手法を紹介します。そして1933年には、写真家の木村伊兵衛、原弘、伊奈信男、岡田桑三といった気鋭の表現者たちと共に「日本工房」を設立。これは、写真とデザインを融合させた報道・宣伝分野における新しい試みでした。しかし、翌年には主要メンバーである木村、原、伊奈、岡田らが意見の対立から離脱し、日本工房は事実上解散に至ります。名取はその後、太田英茂らの参加を得て「第二次日本工房」を立ち上げます。

1934年、第二次日本工房は対外宣伝誌『NIPPON』を創刊します。この雑誌は、土門拳、藤本四八などの才能ある写真家や、山名文夫、河野鷹思、亀倉雄策といった一流のグラフィックデザイナーを起用し、写真とデザインが高次元で融合した誌面を作り上げました。その内容は従来の日本の出版物のレベルをはるかに凌駕し、国際的にも高い評価を得ました。『NIPPON』は日本のイメージを海外に伝える上で重要な役割を果たし、1939年には国際報道工芸株式会社と改名して活動を続けました。

戦後の活動と報道写真への信念

第二次世界大戦後、名取は『週刊サンニュース』の創刊に関わるなど、再び編集者として活躍します。特に、岩波書店から刊行された岩波写真文庫の編集においてはその辣腕を振るいました。写真と解説を組み合わせ、社会や文化、自然などをテーマに刊行されたこのシリーズは、戦後日本の人々に良質な情報を提供し、大きな反響を呼びました。その功績は高く評価され、岩波写真文庫は第1回菊池寛賞を受賞しています。

名取は一貫して、西欧流の報道写真、特に組写真を用いて写真でメッセージを明確に伝えることに注力しました。写真家自身の主観や芸術性を重視する作品に対しては「お芸術写真」と呼び、公然と批判するなど、報道写真のあるべき姿に対する明確な信念を持っていたと言えます。編集者としては、自身の構成意図に基づいて写真作品を大胆に扱ったり、率直な物言いから写真家との間に衝突が生じたりすることも少なくありませんでした。著名な写真家である土門拳との確執は、その代表的なエピソードとして知られています。

晩年と後世への影響

1962年、名取洋之助は胃癌のため52歳でその生涯を終えました。享年53でした。彼の没後も、その業績を称える声は絶えず、多くの展覧会が開催されています。2005年には、社団法人日本写真家協会によって「名取洋之助写真賞」が創設されました。これは、名取が切り拓いたドキュメンタリー写真の分野で活動する新進写真家を奨励することを目的としており、彼の遺した精神が今も日本の写真界に受け継がれていることを示しています。

名取の著作については、多木浩二の証言によれば、彼自身は文章を書くのが苦手で、その多くはゴーストライターの手によるものだったとされています。しかし、写真を選び、配列し、メッセージを組み立てる編集者としての手腕こそが、名取洋之助の真骨頂であり、日本の報道写真とグラフィックデザインの発展に計り知れない影響を与えたことは間違いありません。

もう一度検索