向秀

向秀:竹林の七賢と荘子の注釈者



向秀(しょうしゅう)は、魏から西晋にかけて活躍した文人であり、竹林の七賢の一人として名高い人物です。生没年は不明ですが、司隷河内郡懐県(現在の河南省)の出身で、は子期でした。彼の生涯と業績は、『晋書』や『世説新語』などの歴史書に散見されますが、特に『晋書』の列伝には詳しい記述が残されています。

向秀は、嵆康(かくこう)や呂安(りょあん)らと深い友情で結ばれていました。彼らは富や名声には全く関心がなく、悠々自適な生活を送っていました。嵆康や呂安は型にはまらない自由奔放な人物でしたが、向秀は読書を好む静かな性格でした。そのため、嵆康や呂安からは時に揶揄されたりもしたようです。

向秀は老荘思想を深く愛し、『荘子』の注釈書の作成に取り組みました。このことに対し、嵆康は「荘子の奥深い味わいを損なう」と反対しましたが、完成した注釈書は世間の高い評価を受けました。その内容は、読者に深い悟りをもたらすものとして絶賛され、呂安からも「荘周は死せず」と賞賛されたと伝えられています。一方、『周易』の注釈書も著しましたが、こちらは『荘子』の注釈ほど高い評価は得られませんでした。

景元4年(263年)、親友である嵆康と呂安が、権力者から「無用な人間」とみなされ処刑されました。この出来事をきっかけに、向秀はそれまでの隠遁生活から一転、郡の要請に応じて上計吏となり、都へ赴任しました。司馬昭(しばしょう)は向秀の変節を驚き、隠遁の志を問いただしました。これに対し向秀は、「隠者は気難しいだけで、聖王の心に及ばない」と答えたと伝えられています。

その後、向秀は散騎侍郎、黄門侍郎、散騎常侍などの要職を歴任しました。在職中に亡くなったと推測されますが、正確な没年は不明です。

向秀の文学作品として有名なのは『思旧賦』です。これは寒い夕暮れ、かつての住まいを通りかかった際に、笛の音を聞き、嵆康や呂安との思い出に浸り、感傷に駆られて作られた作品です。この作品からは、親友を失った悲しみと、過ぎ去った日々への深い郷愁が感じられます。

向秀は、自由奔放な友人たちとは異なる性格を持ちながらも、彼らとの深い友情を育み、老荘思想を深く理解し、独自の注釈を残した人物でした。時代の変化の中で、隠遁生活から官界へと進路を変えた彼の複雑な心境は、現代の私たちにも多くの示唆を与えてくれるでしょう。彼の生涯は、知性と感性、そして時代の波間に揺れる人間の生き様を私たちに教えてくれます。向秀が残した注釈書や『思旧賦』は、今もなお多くの人々に読まれ、彼の思想や感性が受け継がれています。

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