吸血鬼 (ポリドリ)

『吸血鬼』：ゴシックホラーの金字塔と、その不滅の遺産

1819年、ジョン・ポリドリによって世に送り出されたゴシックホラー小説『吸血鬼』（原題：The Vampyre）は、現代の吸血鬼小説における礎石とされている重要な作品です。その誕生秘話、魅力的なプロット、そして後世への計り知れない影響について詳細に見ていきましょう。

誕生秘話：スイスの別荘での怪奇談義

本作の誕生は、1816年夏の、いわゆる「夏のない年」に遡ります。異常気象に見舞われたヨーロッパで、詩人ロード・バイロン、若き医師ジョン・ポリドリ、パーシー・ビッシュ・シェリー、メアリー・シェリー、クレア・クレアモントらがスイスのレマン湖畔の別荘、ヴィラ・ディオダティに滞在していました。悪天候により屋内に閉じ込められた彼らは、怪奇談を語り合い、創作活動に没頭したのです。この「ディオダティ荘の怪奇談義」において、バイロン卿が語った物語が『吸血鬼』の着想源となりました。メアリー・シェリーが『フランケンシュタイン』を生み出したのも、この時の集いです。ポリドリはバイロンの断片的な物語に触発され、『吸血鬼』を書き上げたのです。

魅力的なプロット：ルスヴン卿の呪縛

物語の中心人物は、魅力的で謎めいたルスヴン卿です。オーブリーという若き男性と出会い、ヨーロッパ大陸を旅することになりますが、二人の仲は次第に悪化します。オーブリーはギリシャでイアンテという女性と恋に落ちますが、彼女はルスヴン卿によって殺害されます。

オーブリーは、ルスヴン卿の正体に気付き始めますが、ルスヴン卿は死に際にオーブリーに奇妙な誓いを強要します。「一年と一日、私や私の死について語らない」という誓いです。

しかし、一年と一日後、ルスヴン卿はオーブリーの前に再び現れます。不死の身であるルスヴン卿は、今度はオーブリーの妹に目をつけます。オーブリーは妹を守るすべもなく、精神的に追い詰められていきます。

オーブリーは妹への警告の手紙を残して息を引き取りますが、その手紙は届かず、ルスヴン卿は妹と結婚し、初夜に殺害します。ルスヴン卿の恐るべき魅力と、オーブリーとその妹を翻弄する悲劇的な運命が、読者を魅了するのです。

出版と初期の反響：バイロン卿の影と、吸血鬼ブームの到来

『吸血鬼』は当初、「バイロン卿作」として出版されました。これは、ルスヴン卿という名前がバイロンの恋人であったキャロライン・ラムの小説に登場する人物に由来するなど、いくつかの理由によるものです。しかし後にポリドリ自身による authorshipが明らかになり、ゴシックホラーへの大衆の関心の高さと相まって、本作は瞬く間に人気を博しました。ポリドリは、従来の民間伝承における怪物的な吸血鬼像を、上流社会を操る貴族の悪魔へと昇華させました。

この物語はヨーロッパ中でセンセーションを巻き起こし、多くの言語に翻訳され、オペラ化もされました。1820年には、フランスでノディエによる『吸血鬼』が上演され、ヨーロッパ全土で「吸血鬼ブーム」が巻き起こったのです。

後世への影響：不滅の吸血鬼像

『吸血鬼』の影響は現代にも及んでいます。ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』をはじめ、多くの吸血鬼小説や映画に多大な影響を与え、今日でも吸血鬼文学の古典として高く評価されています。

アレクサンドル・デュマの『モンテ・クリスト伯』にもルスヴン卿への言及があり、その人気と影響力の大きさを物語っています。また、近年では、Kim Newmanのドラキュラ・シリーズでもルスヴン卿は重要な役割を果たしています。

映画や演劇への翻案も数多く存在し、様々な解釈で『吸血鬼』の世界が現代に蘇り続けています。

初期の吸血鬼小説における金字塔として、『吸血鬼』は文学史に確固たる地位を築き、その影響力は今もなお、吸血鬼というジャンル全体に広がり続けているのです。

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