哀しみのダイアリー

ダイアー・ストレイツの「哀しみのダイアリー」（原題：Private Investigations）は、1982年にリリースされた楽曲である。この曲は、同年に発表されたアルバム『ラヴ・オーヴァー・ゴールド』からの先行シングルとして、イギリスやヨーロッパを中心に発売された。アルバム全体の方向性を示す重要な一曲として位置づけられる。

この楽曲の作者であるマーク・ノップラーは、その創作のインスピレーションとして、アメリカのハードボイルド作家レイモンド・チャンドラーの創造した探偵フィリップ・マーロウを挙げている。チャンドラーの小説が持つ陰影や、都市の片隅で生きる人間の内面を描く世界観が、ノップラーの音楽観と共鳴し、この楽曲の持つ独特の雰囲気や叙情的なメロディ、そして深みのある歌詞に反映されている。ノップラーのギターが奏でるリフレインは、まるで孤独な探偵の思考をなぞるかのようだ。

シングルのB面には、スタジオ・アルバム未収録曲である「Badges, Posters, Stickers, T-Shirts」が収録された。この曲は、アメリカ合衆国では同時期にリリースされた別のシングル「公害病（Industrial Disease）」のカップリングとして発表されており、地域によって異なるシングル構成が取られていた点は興味深い。

「哀しみのダイアリー」は、商業的にも大きな成功を収めた。母国イギリスでは、1982年9月4日付の全英シングルチャートで初登場13位となり、わずか2週間で最高位の2位まで駆け上がった。これはバンドにとって初の全英トップ3入りであり、彼らの代表曲の一つとなる決定的な要因となった。さらに、ヨーロッパ大陸、特にオランダでは絶大な人気を博し、現地のシングル・チャートで実に5週連続1位を記録するという大ヒットとなった。これらの成功は、本作が持つ普遍的な魅力と高い音楽性が、多くのリスナーに受け入れられた証拠と言えるだろう。

評論家からの評価も非常に高いものがある。たとえば、音楽専門サイトultimateclassicrock.comでライターを務めるMichael Gallucciは、自身の選ぶ「ダイアー・ストレイツの曲トップ10」において、本作を5位に選出し、「ダイアー・ストレイツの、最も文学的で雰囲気に富んだ曲」と評している。このコメントは、楽曲が持つ文学的な背景と、ノップラーが創り出した独特の音世界を見事に捉えている。フィリップ・マーロウの世界観を音楽で表現しようとした試みは、芸術的にも商業的にも成功したと言えるだろう。

他のアーティストによるカヴァーも存在する。イタリアのサクソフォニスト、ファウスト・パペッティは、1982年に発表した自身のアルバム『35a Raccolta - My One and Only Love』の中で、この楽曲をインストゥルメンタルとしてカヴァーしている。原曲発表と同年にカヴァーされた事実は、この楽曲が持つメロディや雰囲気が、リリース直後から幅広く評価されていたことを物語っている。

「哀しみのダイアリー」は、レイモンド・チャンドラーのハードボイルド世界に触発された文学的な深みと、マーク・ノップラーの卓越した音楽性が融合し、商業的にも大きな成功を収めたダイアー・ストレイツの重要な楽曲である。その独特の雰囲気と普遍的な魅力は、バンドの代表曲として今も多くのリスナーに聴き継がれている。

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