嘉納財閥

嘉納財閥：灘の酒造りから生まれた阪神財閥

嘉納財閥は、灘五郷を代表する酒造家である本嘉納家（菊正宗）と分家の白嘉納家（白鶴）を母体とする阪神財閥の一つです。その歴史は、江戸時代初期に遡り、酒造業を中心に発展を遂げました。

本嘉納家の歴史

本嘉納家は、1660年（万治元年）に上灘郷・御影村で酒造りを開始しました。当初は「材木屋」という屋号で材木商を営んでいましたが、副業として酒造りを始めました。当時、酒造りは冬場の副業として行われることが一般的でした。灘の酒造家たちは、隣接する伊丹の酒造家を競争相手とみなし、工夫と改良を重ね、量産化に成功します。明和・安永年間には酒造業に専念し、屋号を「嘉納屋」に変更しました。

1743年（寛保3年）、本嘉納家から分家した白嘉納家が「白鶴」の醸造を開始しました。この頃、灘五郷の酒造りは伊丹を追い抜き、江戸に運ばれる酒の半分は「灘の生一本」が占めるようになりました。武庫川から生田川にかけての大阪湾岸地域である灘五郷は、海上・河川交通の発達により、酒の輸送が容易であったことも発展を後押ししました。

江戸末期には、酒造りに適した「宮水」が発見され、灘の酒造りは飛躍的に発展しました。宮水は、鉄分を含まず適度な硬度を持つ地下水で、これを使用することで、夏を越しても味が落ちない良質の酒を量産することが可能になりました。「灘」や「灘の生一本」は、良質な酒の代名詞として市場を制覇しました。この歴史は、「灘五郷酒仲間」を形成し、本嘉納家は分家の白嘉納家とともに中心的な役割を果たしました。

1882年（明治15年）に商標令が公布されると、本嘉納家はすぐに「菊正宗」を登録し、辛口の酒として宣伝しました。また、個人商店から会社組織へと移行し、社名を本嘉納商店としました。本嘉納家の当主は代々、治郎右衛門を襲名しましたが、八代目の嘉納治郎右衛門は、酒造業だけでなく、灘中学校の創立や兵庫運河の建設にも尽力しました。

八代目の後、婿養子を迎えることで鴻池家とも縁続きとなり、九代目嘉納治郎右衛門（土居文治）は、戦後の神戸復興と酒造業の近代化に貢献しました。その後、会社名は菊正宗酒造へと変更され、2017年（平成29年）には、十二代目嘉納治郎右衛門が社長に就任し、伝統を継承しています。

本嘉納家は、輸出にも力を入れており、1870年（明治10年）にイギリスへの輸出を開始しました。十代目の嘉納毅六は、販売網を世界十ヵ国に広げ、1970年（昭和45年）には業界初の輸出貢献企業として表彰されました。嘉納毅六は、ヤマサ醤油の濱口家出身で、濱口家と鴻池家との繋がりも見られます。

白嘉納家の歴史

白嘉納家の当主は、本嘉納家の治郎右衛門に対して、治兵衛を襲名してきました。白嘉納家は、積極的な事業展開を行い、1878年（明治11年）には業界に先駆けて瓶詰め酒を発売しました。1897年（明治30年）頃には、「白鶴」の商標登録を行い、嘉納合名会社を設立し、生産・販売数量は業界一に躍り出ました。その地位は、第二次世界大戦で設備を焼失するまで続きました。1934年（昭和9年）には、白鶴美術館を開館しました。

第二次世界大戦で、白鶴酒造は酒蔵の九割を焼失し、海外資産も全て失いました。しかし、1947年（昭和22年）に嘉納合名を白鶴酒造と改称し、八代目嘉納治兵衛の長男である嘉納正治が社長に就任し、戦後の復興を牽引しました。1952年（昭和27年）には、日本初の鉄筋コンクリートの酒造蔵を竣工させ、日本有数の酒造会社へと復興させました。

嘉納正治は襲名を行わず、白嘉納家の治兵衛の名跡は途絶えました。正治には男子がいなかったため、長女の婿養子として、元外交官の門脇秀郎を迎え、1983年（昭和58年）に白鶴酒造の社長となりました。2001年（平成13年）には、秀郎の養子の嘉納健二が社長に就任し、現在に至ります。

灘中学校の設立

灘中学校は、本嘉納家、白嘉納家、そして「櫻正宗」の山邑酒造の三家によって設立されました。1927年（昭和2年）に灘育英会を設立し、灘中学校を発足させました。資金は三家で用意しましたが、学校全般の基礎づくりには、講道館柔道創始者の嘉納治五郎が深く関わりました。

嘉納財閥の文化的貢献

嘉納財閥は、酒造業だけでなく、文化事業にも貢献しました。白鶴美術館や灘中学校の設立は、その一例です。また、本嘉納家は、兵庫運河の建設にも尽力し、地域社会の発展にも貢献しました。

嘉納財閥は、灘の酒造りの歴史とともに歩み、その発展を支えてきた重要な存在です。酒造業を通じて経済的な発展を遂げ、同時に、教育や文化にも貢献し、その功績は今日まで語り継がれています。

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