嘉藤栄吉

嘉藤栄吉：延長25回を刻み、野球に生涯を捧げた男

1917年、兵庫県明石市に生まれた嘉藤栄吉は、兵庫県立明石中学校（現・兵庫県立明石高等学校）在学中、全国中等学校優勝野球大会（現在の高校野球）の舞台で輝きを放った選手でした。

明石中時代、嘉藤は春3回、夏2回の計5回、甲子園に出場。特に1932年春と1933年春には準優勝を経験し、チームに大きく貢献しました。そして、彼の名を不朽のものとしたのが、1933年夏の大会、中京商業高校との準決勝第2試合でした。

この試合は、高校野球史に永遠に刻まれる延長25回にも及ぶ死闘となりました。嘉藤は6番・二塁手として出場。延長25回裏、中京商業の攻撃で起こったセカンドゴロの悪送球が、サヨナラ負け（0-1）という結果を招きました。当時15歳、身長160cm余りの小柄な体格ながら、持ち前の強い意志でレギュラーの座を掴み取った嘉藤にとって、この敗戦は生涯にわたる悔恨の種となりました。

明石中卒業後の1936年には、満州国の実業団チームで野球を続けました。戦後は地元明石市に本社を置く内外ゴムで、準硬式野球用ボールの開発に携わり、裏方として野球界の発展に貢献。1993年には、75歳という高齢ながら兵庫県の高校球児OBチームの監督を務め、大阪府や京都府のOBチームと対戦するなど、現役時代以上の情熱を燃やし続けました。2003年には85歳で全国高等学校野球選手権兵庫大会の始球式を務め、その姿は多くの人々に感動を与えました。

2008年6月28日、前立腺癌のため、90歳でこの世を去りました。彼の死は、中京商対明石中延長25回試合に出場した両校の選手の中で、最後の生存者の逝去を意味しました。

嘉藤は、延長25回での自身の判断ミスによる敗戦を生涯悔い続け、「延長25回の話をするのは辛い」と語っていたと言われています。そんな彼を支えたのは、当時の明石中野球部の部長、竹山九一氏でした。竹山氏は、他校に異動した後も同窓会で嘉藤に「8月19日（延長25回のあった日）のこと、まだ気にしとるんとちゃうか？気にしたらあかんぞ。」と励まし続けたそうです。また、家族の証言によれば、講演依頼も多く、1時間以上の講話の原稿をすべて暗記して臨むなど、常に自分に厳しく、弱音を吐くことのない人物だったといいます。

嘉藤栄吉の生涯は、高校野球史に残る名勝負への参加だけでなく、野球への揺るぎない情熱と、自身のミスへの生涯にわたる悔恨、そしてそれを乗り越えようとする強い意志の物語です。彼の生き様は、後世の野球人たちに、大きな感動と教訓を与え続けるでしょう。彼の功績は、甲子園の土に刻まれた延長25回の記憶とともに、永遠に語り継がれていくことでしょう。

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