四つの口

近世日本の対外関係を象徴する「四つの口」

「四つの口」とは、近世日本において、異国との交流が許された4つの窓口を指す歴史用語です。具体的には、中国やオランダとの貿易を行った長崎口、朝鮮との外交を担った対馬口、琉球王国との関係を維持した薩摩口、そして蝦夷地（現在の北海道）のアイヌ民族との交易を行った松前口を指します。これらの窓口は、江戸幕府が対外関係を管理する上で重要な役割を果たしました。

従来の「鎖国」概念からの脱却

1960年代まで、日本の近世史研究では、海外との交流を制限した「鎖国」という概念が一般的でした。しかし、その後の研究により、江戸幕府が対外関係を厳格に管理していたものの、完全に国を閉ざしていたわけではないことが明らかになりました。この認識の変化を象徴するのが「四つの口」という概念です。1981年に荒野泰典氏がこの言葉を用いて以降、歴史学の分野で広く用いられるようになり、現在では高校の教科書にも掲載されています。

「四つの口」成立までの歴史的背景

倭寇的状況と海外貿易の活発化

16世紀、日明間の勘合貿易が途絶えた後、東シナ海では民間商人による密貿易が活発になりました。この時期、日本沿岸勢力の東南アジア進出、ヨーロッパ諸国のアジア進出、華人密貿易集団の活動などが重なり、東シナ海は様々な民族の商人が集まる場所となりました。安土桃山時代には、九州や西国の大名が独自に海外貿易を行い、その相手もポルトガルなど多岐にわたりました。

豊臣秀吉の朝鮮出兵と関係悪化

しかし、16世紀末の豊臣秀吉による朝鮮出兵は、日本と朝鮮、明との関係を悪化させ、海外との関係は一時的に停滞します。

徳川家康の対外政策と挫折

関ヶ原の戦いを制し天下人となった徳川家康は、積極的に対外政策を展開しました。その目的は、豊臣政権の戦後処理、東南アジアでの国際関係の構築、そしてキリスト教対策など多岐にわたりましたが、最も重要な課題は明との勘合貿易の復活でした。これは、中国産生糸の入手ルートを確保し、諸大名への統制を強めるため、そして対外的に日本の主権者が家康であることを示すためでした。

家康は、朝鮮との国交回復や琉球王国の服属を通じて、明との交渉を試みましたが、結局、明側の拒絶により目的を達成することはできませんでした。

オランダとの貿易、アイヌとの交易

一方、1600年に漂着したオランダ船をきっかけに、日本とオランダとの関係が構築されました。1609年には平戸にオランダ東インド会社の支所が設置されました。また、松前氏にはアイヌとの貿易独占が認められ、大名に準じる扱いを受けました。これらにも幕府の権威を示す意図があったと考えられます。

海禁政策と「四つの口」の成立

明との貿易復活に失敗した幕府は、貿易拠点を長崎と平戸に集中させ、キリスト教への弾圧を強めました。1630年代からは段階的に海禁政策（いわゆる「鎖国令」）が敷かれ、1639年にはポルトガル船の来航が禁止されました。1641年には、平戸にあったオランダ商館が出島に移されました。

幕府がこのような政策を遂行できたのは、キリスト教布教とは無縁のオランダ、朝鮮、琉球を通じて中国や東南アジアとの貿易ルートを確保できる見込みがあったからです。また松前口では、海禁体制の成立により和人地が設定され、蝦夷地との往来が制限されました。これは、松前氏が大名格になるために必要な措置であったと考えられます。対馬藩、薩摩藩、松前藩は幕府から軍役を課せられましたが、それぞれが朝鮮、琉球、アイヌに対する押さえの役割を担いました。

「四つの口」の体制は、1650年代までに実態として形成され、主に中国大陸との交易窓口として機能しました。

大君外交と貿易の変容

明との国交交渉に失敗した家康は、天皇と将軍を国王と定め、新たな日本国王を創出しました。幕府は、朝鮮に対しては将軍の呼称を「大君」と定め、琉球には「中山王」号の使用を禁止し、アイヌには服属儀礼を課しました。この大君外交のもとで、「四つの口」を通じて人の往来、貿易、海外情報の収集が行われました。

各口の役割と貿易

対馬口: 朝鮮との外交と貿易を担い、銀を輸出し、朝鮮人参や中国産の生糸を輸入しました。対馬藩は日朝間の緩衝材としての役割を担いました。
薩摩口: 琉球王国との関係を維持し、中国との貿易を間接的に行いました。銀を輸出し、砂糖や中国産の生糸を輸入しました。琉球は日中に二重朝貢を行い、独自の外交を展開しました。
長崎口: 唐船（中国船）やオランダ船との貿易が行われ、銀や銅を輸出し、中国産の生糸を輸入しました。長崎は貿易を通じて経済が発展し、幕府の対外政策を支える役割を担いました。
松前口: アイヌとの交易が行われ、米や日用品を輸出し、海産物、毛皮、鷹の羽などを輸入しました。松前藩は蝦夷地の支配者として、アイヌ民族との関係を維持しました。

明清交替と各口の動向

1644年に明が滅亡し、清が成立すると、幕府は長崎に来航する唐船やオランダ船から情報を収集しました。清は貿易を制限しましたが、後に緩和され、長崎への来航船が増加しました。幕府は貿易額を制限し、金銀の海外流出を防ごうとしました。

松前口では、アイヌが不利な交易条件を強いられ、シャクシャインの戦いが勃発しました。この事件は、松前藩のアイヌ支配が強化されるきっかけとなりました。

18世紀以降の「四つの口」

18世紀以降、国内の銅産出量の低下や輸入品の国産化により、貿易は低迷しました。しかし、「四つの口」はそれぞれの役割を維持しました。長崎口では、銅の代わりに海産物の輸出が増加し、対馬口では生糸輸入が減少し、薩摩口では琉球との貿易が維持されました。松前口では、アイヌの立場が弱まり、和人商人が交易を請け負うようになりました。

外交では、幕府の琉球への関心が低下しましたが、薩摩藩が琉球使節の江戸参府を実現させました。この時、幕府は琉球を「藩」に位置づけようとしましたが、琉球は反発し、中国との関係を重視しました。

鎖国概念の成立と開国

18世紀末から幕末にかけて、幕府は「新たな異国との関係を結ばない」という考えを強めました。1792年にロシア使節が来航すると、幕府は「国法」を理由に通商を拒否しました。近藤重蔵は「四つの口」を明確に言及し、志筑忠雄が『鎖国論』を著したことで、従来の対外政策が「鎖国」として認識されるようになりました。

アヘン戦争後、欧米諸国は日本に開国を迫り、1854年に日米和親条約が締結されました。これにより、海外貿易の窓口が「四つの口」に限定されなくなり、四つの口の体制は解体へと向かいました。

研究史

幕末には「鎖国」が幕府の祖法と認識されていましたが、戦後、実証主義的な研究が進み、従来の「鎖国」概念が批判されるようになりました。1970年代以降、近世日本の対外関係史研究が進展し、「四つの口」という概念が提唱されました。この概念により、長崎、対馬、薩摩、松前における対外関係が、近世国家の統制下で同列に扱われるようになりました。

現在では、「鎖国」という言葉は、日本が完全に国を閉ざしていたという意味では否定されており、近世の対外関係を象徴する概念として「四つの口」が用いられています。

まとめ

「四つの口」は、近世日本の対外関係を理解する上で不可欠な概念です。この概念は、従来の「鎖国」概念を覆し、江戸幕府が対外関係を厳格に管理していたものの、完全に国を閉ざしていたわけではないことを示しています。長崎、対馬、薩摩、松前の各窓口は、それぞれが異なる役割を担い、近世日本の国際関係を支えました。これらの窓口を通して、日本は海外と交流し、様々な文化や情報を得ていたのです。近世の対外関係を「四つの口」という視点から捉え直すことで、より深く、より多角的に理解を深めることができるでしょう。

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