国家非常事態委員会

国家非常事態委員会（GKChP）

国家非常事態委員会（ロシア語: Государственный комитет по чрезвычайному положению、略称: ГКЧП、GKChP）は、1991年8月19日にソビエト連邦で突如として姿を現した国家組織です。当時、ミハイル・ゴルバチョフ大統領が進めていた、連邦各共和国との間で新たな関係を築くことを目指した新連邦条約の締結が間近に迫っており、これに強い危機感を抱いた保守強硬派の政府高官たちが、その動きを阻止するために結成しました。彼らは、混乱に陥りつつあったソ連の国家体制を維持しようと試みたのです。

この委員会は、ソ連政府の中枢を担う以下8名の人物で構成されていました。

ゲンナジー・ヤナーエフ：ソ連副大統領
ヴァレンチン・パヴロフ：ソ連首相
ボリス・プーゴ：内務大臣
ウラジーミル・クリュチコフ：ソ連国家保安委員会（KGB）議長
ドミトリー・ヤゾフ：国防大臣
オレグ・バクラーノフ：国防会議第一副議長
ワシリー・スタロドゥプツェフ：ソ連農業同盟議長
アレクサンドル・チジャコフ：ソ連産業・建設・運輸・通信・国家企業・企業合同協会会長

彼らはクーデターを成功させるべく、まずクリミアのフォロスで休暇中だったゴルバチョフ大統領を軟禁し、大統領職を辞任するよう迫りました。しかし、ゴルバチョフはこの要求を断固として拒否します。一方、ロシア連邦共和国の首都モスクワでは、共和国大統領であったボリス・エリツィンをはじめとする急進的な改革派勢力と多くの市民が、このクーデターに強く抵抗しました。彼らは民主主義と改革を支持し、GKChPの権力掌握に反対の声を上げ、モスクワの「ホワイトハウス」（ロシア最高会議ビル）前に集結しました。軍の一部部隊にも抵抗の動きや命令への不服従が見られ、GKChP側の計画は狂い始めます。

結局、GKChPによるクーデターはわずか3日間で失敗に終わりました。予想外の市民の抵抗と軍の支持が得られなかったことが大きな要因でした。1991年8月21日には委員会は解散し、メンバーは逮捕されるか、あるいは自ら命を絶つなどしてその幕を閉じました。この出来事は、ソ連共産党に対する国民の不信感を決定的に高め、党の権威は失墜します。クーデター失敗後の8月24日には、ゴルバチョフがソ連共産党書記長を辞任し、同時にソ連共産党の解散を宣言しました。

GKChPがその成立を阻止しようとした新連邦条約も、結局調印されることなく破棄されることになります。そして、1991年12月8日にはロシア、ウクライナ、ベラルーシの首脳がベロヴェーシの森で会談し、ソ連の消滅と独立国家共同体（CIS）の創設を宣言する「ベロヴェーシ合意」が成立しました。これを受けて、12月25日にゴルバチョフが大統領を辞任し、ソビエト連邦は正式に崩壊しました。

GKChPの歴史的な位置づけや評価については、様々な議論があります。モスクワ国立大学の歴史学者・政治学者であるドミトリー・アンドレーエフは、GKChPが出した声明が、経済活動の自由化や民主主義の推進、犯罪対策といった、国民生活に直接関わる課題に触れていた点を指摘しています。また、国家戦略協議会のヴィクトル・ミリタリョーフは、もし彼らの行動がより首尾一貫していれば、一時的に政権を維持できた可能性も示唆しています。彼らはしばしば威圧的なイメージで見られましたが、これはPR戦略のまずさによる誤解であり、実際には連邦の解体を阻止することが彼らの主目的であり、必ずしも独裁を求めていたわけではなかった、という見解もあります。仮に彼らが政権を握っていたとしても、ゴルバチョフが目指していた改革路線と大きく変わらない政策を継続しただろうという分析も存在します。

ロシア国内では、祖国の崩壊を食い止めたいという彼らの「良心」から出た行動であったとして擁護する声も聞かれます。しかし、このような強引な手段による政権奪取の試みそのものは、やはり認められないという評価が一般的です。

この「ソ連8月クーデター」として知られるGKChPの試みは、ソ連の歴史における最後の転換点であり、その後の世界情勢にも大きな影響を与えた出来事として記憶されています。

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